静岡県熱海市の伊豆山地区で3日午前10時半頃発生した土石流。県などによると少なくとも約130棟の建物が被害を受け、これまでに3人の死亡が確認された。なぜこの地区で大規模な土石流が発生したのか。そのメカニズムを1990年代より「流域思考」を提唱してきた慶應義塾大学名誉教授の岸由二氏に聞いた。

岸由二慶応大学名誉教授。新刊「生きのびるための流域思考」を今月7日に出版
岸由二慶応大学名誉教授。新刊「生きのびるための流域思考」を今月7日に出版
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1秒で30トンの水が合流地点に流下か

――まず土石流がなぜこの地区で起こったのか、岸さんはこの原因をどう見ていますか。

岸氏:
大量の雨が降ったことはもちろんありますが、この地区の地形が要因と思われます。まずこの地区では3本の沢から雨水が流れ込み、その合流地点となるのが土石流災害の映像にあった酒店のある場所です。そこから伊豆山港まで逢初(あいぞめ)川という長さ1300メートル程度の2級河川となって海まで水が流れ込んでいきます。

3本の沢の合流地点が映像にある酒店(赤い建物)周辺となった(視聴者撮影の映像より)
3本の沢の合流地点が映像にある酒店(赤い建物)周辺となった(視聴者撮影の映像より)

しかしこの河川は暗渠(※)なので、地元でも川が流れているのを知らない住民も多かったのでは無いでしょうか。

(※)地下に設けられていて外からは見えない水路。

安否不明者の救助活動が続く現場
安否不明者の救助活動が続く現場

――複数の沢から流れる水が集中したことで被害が大きくなったと?

岸氏:
合流点から上手の集水域(流域)全体の面積は130ヘクタール程度と推定されるので、線状降水帯によって1時間100ミリくらいの雨が継続して降ると1秒で30トンの水が合流点に流下する計算です。東側の小流域(下図A)から流下した大量の土石によって、おそらくは合流点付近で川がせき止められ、自然ダムのような障壁を作ってしまい、中央(B)、ならびに西側(C)の小流域からも流れ込む洪水による増水で土石の自然ダムが崩壊して、さらに大きな土石流になって下手まで流下したのかもしれませんね。

 

岸氏が作成した流域を示す地図
岸氏が作成した流域を示す地図

     

山林開発によるパイピング現象が原因か

――その土砂流の起点はどこと推定されるのでしょうか?

岸氏:
上空からの映像で見ると、東側の小流域の奥で、土地がえぐられたように崩壊している地点があります。ここの過去の様子をグーグルマップなどで調べると、残土(※)の集積地として谷を埋めて整地した場所ではないかと思われます。

その際、谷を流れていた小川を埋めて暗渠にしたと思われます。たぶん3本の小流域のうちこの沢だけは谷筋の中に住宅地が無いので、そうしたのでしょう。ツイッターの映像では土砂がえぐられた場所から、まさに水が噴き出しているのがわかります。

(※)土木工事等で発生する不要の土

(ツイッターに投稿された視聴者撮影映像より)
(ツイッターに投稿された視聴者撮影映像より)

――山林開発によって小川を埋めたことが原因になっていると?

岸氏:
小川を埋めても土中に水路は残るので、豪雨が来ると地中にしみ込んだ水が圧力となって斜面全体が爆発するように崩壊するパイピングという現象が起こります。

詳細な調査報告をまたないといけませんが、多分ここでパイピングを起こして、土砂を一気に吹き飛ばしたのではないかと思われます。土石流で流れてきた土砂を見ると流木が見当たらず、山体崩壊(※)ではないと。そこで土砂だけを流下させる場所を山の上に探してみたら、残土の集積地がえぐられていたということです。

(※)脆弱な地質条件の山体の一部が地震などによって大規模な崩壊を起こすこと

県によると流出した土砂は約10万m3と推定される(提供:静岡県)
県によると流出した土砂は約10万m3と推定される(提供:静岡県)

流域という地形を知ることで身を守る

――こうした隠れた水路によるパイピング現象が土石流を引き起こしたということですか。

岸氏:
こうした危険のある小流域は、たぶん日本列島に少なくとも数十万箇所あるとも言われており、熱海のように3日間で約400ミリの凄まじい雨が降ったら、どこでも崩壊する危険性があります。

またこの地区の伊豆山は比較的緩やかな傾斜ですが、実は土石流災害は、崖崩れとは全く別で、むしろ緩やかな傾斜地で起きます。なぜなら急傾斜だと水や土砂がたまりづらいからです。

この地区は熱海市が土砂災害の警戒区域に指定していましたが、市がこれまでどのような対応を取ってきたのか疑問です。

安否不明者の正確な人数が把握できていない状況の中、救助活動が続く
安否不明者の正確な人数が把握できていない状況の中、救助活動が続く

――救助活動が続いている状況の中ですが、今後の警戒も含めてこうした被害に遭わないために我々一人一人が何をすれば良いのか教えてください。

岸氏:
まず自分がどういう水系のどんな場所に住んでいるかを確認することです。これは行政に聞いてもわかりません。自分の居住地に降った雨の水が流れ込む川を確認し、一度源流まで自力で行ってみる。そうすると水や土砂を運んでくる地形がわかります。

その流域に土砂が崩れそうな場所があったり、河川の整備が進んでいなければそこに住むのは止めるという判断があっていいということです。知っていれば逃げられます。流域という地形、生態系の全体で暮らしの安全を考える、流域思考がいまこそ必要なのです。

――ありがとうございました。

(インタビュー日時:2021年7月4日14時)

(関連記事:豪雨による河川氾濫をどう防ぐのか 鶴見川を“暴れ川”から変えた「流域思考」に学ぶ

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。