冬の雪山で時折、ニホンカモシカの姿を見かけることがあります。あまり視力がよくないとも聞くニホンカモシカは、逃げ出す様子もありません。絶滅が危惧され国の特別天然記念物に指定されてからは再び全国で見られるようになりましたが、今度は植林した苗木を食べ、森を荒らし、新たな問題に・・・。

こうした動物・自然に関する身近な問題に、動物学者 今泉忠明先生はどの様に対応すべきと考えるのか。今回も環境という切り口でお話を伺いました。

ニホンカモシカ
ニホンカモシカ
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保護区のメリットとハードル

藤村:
今泉先生は、動物の数によって時に仕留めたり、時に保護したりするのではなく、きちんとした保護区を作って動物たちを護っていくべきだとお考えだそうですね。保護区を作る際に考えられるメリットを教えてください。

今泉先生:
メリットも沢山ありますがハードルも沢山あります。まず一番のハードルは権利です。山ごとに皆権利があり、それがバラバラなのが難しい点です。個人の権利と村の権利、そして町の権利と県の権利がある。それら全て通さないと保護区は作れないんです。日本の民主主義の場合は環境省も保護区をなかなか作れず「ここは保護区だから全員立ち退きをお願いします」とはならないわけです。コロナの場合と一緒で、民主主義というのはある種弱いところがありますね。そんな理由から保護区は作りにくいんです。

海でも権利は大きな問題です。ニュースで見たんですが、磯遊び中、子供の目の前で貝殻の入ったバケツを持っていただけで、お父さんが密漁の罪で連行されていきました。本来、海の恵みはみんなのものじゃないですか。だけど漁協の権利がある・・・難しい問題です。

今泉先生:
そういうことをふまえ動物を護る場合、絶対に保護区が必要だと考えます。天然記念物とかそんなお墨付きはいらなくて、保護区を作れば良いんです。

大事なのは生態系全体の保護区

藤村:
例えばニホンカモシカなら、ニホンカモシカだけの保護区を作るということですか。

今泉先生:
いや、生態系全体の保護区です。ニホンカモシカを食うモノがいてもいいし、自然のバランスの中で生かすのが理想です。だからかなりの面積が必要になります。仮に、保護区を作ったのにダメだったというのであれば、もうそれはそれで仕方がないでしょう。面積が足りなかったなど、そういう反省は出てくるでしょうけれど、ベストを尽くしたうちの一つです。

藤村:
過去にそのような例はあるのでしょうか?

今泉先生:
欧米ではありますが日本ではないです。欧米でもうまくいかなかったパターンもあるでしょう。特別保護区は法律的に人の立ち入りを禁じていますが、その立ち入り度合いは保護区のレベルによって変わります。

藤村:
国内や海外にも保護区を兼ねた国立・国定公園や自然公園のようなスタイルのものもありますが、今先生が必要だと仰っている『保護区』は、もっと人の立ち入りを制限する、そういうもののことを指しているのですね。では、動物の侵入はどうでしょう。例えば柵を作ったとして、上から来る鳥は保護区に勝手に入れてしまいますが・・・。

人間が立ち入らなければ保護区は成立する

今泉先生:
それはいいんです。保護区というのは人間さえ入らなれば成立していて、それによって適量が保護区内に保たれる。それが大事なことなんです。

藤村:
最大のメリットは、そこにあるのですね。その保護区内では、動物だけでなく自然環境も同時に保護されることになるわけですね。では、動物を保護区外へ出すタイミングなど、その管理はどの様に行っていくのか。また、一定量以上になった場合はどんな基準で柵や網から出していくのでしょうか。

今泉先生:
定期的に調べ、監視の下で保護していくことになります。海の保護区も同じです。一定時間が経って増え、そこから溢れ出たものは捕ってもいいし放っておいてもいいという仕組みでやらないと上手くいかないでしょうね。僕が海に保護区を作るべきだと提唱しているのは、現在の根こそぎ獲る方法より、繁殖した魚や貝が増え、保護区から溢れていったものを漁業関係者が獲っていく仕組みの方が『資源としていいだろう』と思っているからです。その例として、青森のハタハタ漁は3年禁漁にしたら魚の量が増え、昔と同じように沢山ハタハタが来るようになり、みんな喜んだという事例があります。まずは仲間うちで議論が盛り上がっていけば上手くいくでしょう。山も同じです。

「人間は家畜を食べなさい」

藤村:
山についていうと、先生はクマの出没の話の際に(連載1)、人間の欲の話をしていらっしゃいましたね。

今泉先生:
人間はみんな欲が張っているから・・・笑。山に行けば秋はキノコ狩り、春は山菜採り。そりゃクマに出会うわけです、クマも山菜を食べるんですから。要は取り合いになっちゃっているんですね。だから僕は、人間は家畜を食べなさいといっているんです。古代人は知っていたんだよね。動物は普通は近親(交配)だと増えなくなる。だから『何でも家畜に!』とはできない。でもエジプト人などが色々試して、今残っているのが全部近親に強い。つまり家畜ってやつです。

藤村:
牛、豚、鶏・・・・

今泉先生:
家畜は1万年もかけて構築し続けてきた人類の知恵で、そのおかげで飢えがなくなったわけです。ですから人間は養殖ものと家畜・家禽(ニワトリなど)を食べていれば、そんなに困ることはないんです。エビなど海のものも、今は養殖ものを食べていることも多いですよね。動物保全から考えると、山に行って採ったり、海に行って獲ったりしていると、今にしっぺ返しをくらいますよ。でも、(この取り組みを)日本だけやってもダメなんです。ことに漁業において、海は(他の国と)繋がっているから、近隣の国々とも関係がある話=国際的な問題なんです。日本が獲らなければ他国が獲っていってしまう・・・国際的な問題だから余計に難しいですね。

調査中の今泉先生
調査中の今泉先生



事実、日本は海を介した隣国との付き合い方が、難しい状況にあります。自国のルールと周辺の国々との間にそれぞれに締結された国際的なルールがあるものの、そのルールが必ずしも守られているとは言い切れない現状も。

日本海では持続可能な資源管理のため漁船のトン数や漁法に制限が設けられています。

ルールを順守する日本漁船に対し、他の国の漁船は規制に捉われず資源を乱獲する恐れのある二艘引きと呼ばれる漁法を採用しているものもあり、日本海の漁業資源の枯渇が懸念され、新たな脅威となっています。[※注1]こうした状況が続くと、海の多様性が保てなくなることは必至です。

[※注1] 笹川平和財団HP 国際情報ネットワーク分析IINA より 政策研究大学院大学 連携教授 / 海上保安大学校 教授 古谷 健太郎 「日本海の新たな脅威−中国漁船による日本海の漁業資源破壊− 」

環境問題を踏まえ、これからの世代に託したいもの、伝えたいこと

今泉先生:
動物保全の状況を良くしていこうと思ったら、実は『教育』が大事なんです。だから今の子供たちに、それを目指して僕らは今、フィールドワークをやっているわけです。子どもたちが大人になったときに、少しは状況が良くなればなと思っています。

藤村:
・・・そこへ話は繋がっていくのですね。先生の言うところの『教育』とは、生業として漁業などに携わっていらっしゃる方々同士で語り継いでいく、いわゆる「伝承」の類のものとは違う、ということですね。

今泉先生(左)と藤村アナ(右)
今泉先生(左)と藤村アナ(右)



前文にもあったように、今泉先生は年に数回、子供たちを対象にした野生動物たちの暮らしを観察するフィールドワークを開催しています。その季節ごとに森を探検し「いきもの」の季節ごとの暮らしを観察する。こうした子供たち自身の経験や感覚に訴える方法で、環境に関する価値観や学びを肌で感じて欲しいと願っての開催だそうです。

お話を伺った際、私の子供が今、小学生であるとお伝えすると、先生は「現場に行って自分の目で見て確かめるには今が一番大切な時ですね。自然の中で感じたことを自分の生活に置き換えて行動して欲しい。」と仰っていました。

そんな先生が普段調査などで山に入る際、環境に対してどのようなケアをしているのか聞いてみました。

今泉先生:
僕は山へ行くとき、静かに、そしてできるだけ自分が汚していかないよう気をつけています。ゴミを出さないのは勿論です。自分が居ること自体で空気が汚れるでしょうけれど(笑)。だから、せめて(それ以外は)汚さないようにしようといつも思っています。ちょっとした紙を落としても「ちっちゃいからいいや」とはならず、必ず自分で拾っていくよね。そうして自然を観察することが自然に対する恩返しだと思っているんです。だから、みなさんも自然が溢れる所に是非行って、汚さずに「いいね!」と感性を高めてもらいたいと考えています。そして次に『その良さを残すにはどうしたらいい?』とみんなで話し合って欲しいんです。その良さを味わわないと、意見や考え方は出てこないですよね。『あの時の空気が良かったな』と思えば自然環境は大事なことで必要なことだと思うでしょう。

藤村:
そうですね。『百聞は一見に如かず』。心と体で感じるというのは何よりも、自分への訴えかけが大きく、そしてそれは一生記憶に残りますね。だから本物を見て感じることがとても大事なのですね。私も小学生の頃に体験した沢の水の冷たさや、木曽路の杉の香りとか・・・色濃く覚えています。実感を込めて一人一人のマインドと行動を変えて欲しいということですね。

今泉先生:
自分が良いと感じたんだから、みんなにとってもきっと良いだろう。そして『これを残すべき!』ということでやっていって欲しいんですよね。

藤村:
子供たちの世代は、私たち世代よりも、荒れつつある地球と確実に長く向き合い続けることになるのですものね・・・・。今や小学校でもSDGsについて学ぶ時代となり、深い知識を持っている子どもも多くいます。動物学者である先生から、子供たちにメッセージを送るとしたら、改めて何を伝えたいですか。

今泉先生:
『地球は人間だけのものじゃないよ』ということです。汚さない、壊さないを含め地球を大切にしようよと伝えたいですね。美しさは写真で撮って、残していいのは足跡だけ。今、人間は地球に穴を掘ったり削ったりして生きていますが、生産物が出て来なくなった時、地球も終わる・・・。だから大事にしていかないといけないよ、と。

【執筆:フジテレビアナウンサー 藤村さおり】

【動物学者 今泉忠明(いまいずみ ただあき)プロフィール】 1944年、動物学者の二男として東京都に生まれる。東京水産大学(現・東京海洋大学)を卒業後、国立科学博物館所属の特別研究生として哺乳類の生態学、分類学を学ぶ。その後、文部省(現・文部科学省)の国際生物学事業計画(IBP)調査、環境省のイリオモテヤマネコ生態調査などに参加。上野動物園動物解説員、日本動物科学研究所所長などを歴任。けもの塾 塾長。著書に「誰も知らない動物の見方~動物行動学入門」(ナツメ社)など多数。

藤村さおり
藤村さおり

FNNプライムオンライン編集デスクを担当。
報道・情報・スポーツ・バラエティー・ナレーションと各ジャンルの番組を担当し25年のアナウンサー経験を経て、2021年から報道局へ。
FNNプロデュース部デスクを1年担当した後、2022年からは経済部記者として環境省・消費者庁・復興庁・国民生活センター・NITE、また物流企業等を担当。生活に密着した問題を取材。2023年から現職へ。
ライフワークとして掲げている環境問題は、アナウンサーの喋り手の目線も忘れずに取材・リポートし、新しく楽しい切り口で皆さまにお伝えしてきた。
プライベートでは2児の母。趣味:ゴルフ。始めたいと思っていること:テニス。