2000年頃から林野庁が北海道で試験的に始めた『緑の回廊』の取り組み。国有林内保護林に生息する野生動物たちが、移動し生息域の広域化を促すよう、他の保護林との間を豊かな森林の帯で結ぶこのプロジェクトについて、動物学者 今泉忠明先生が期待する理由を聞いた。

森をつなぐプロジェクト『緑の回廊』

藤村:
保護区の話も先にありましたが、動物たちを管理しつつも自然に棲まわすという観点から、先生は『緑の回廊』の効果に期待していらっしゃるそうですね。

(関連記事:「人間は家畜を食べなさい」生態系全体の“保護区”は人間さえ入らなければ成立する 今泉忠明氏が語る動物行動の裏側

今泉先生:
『緑の回廊』とは森をつなぐプロジェクトのことです。最近では中国地方や山梨・長野など色々な所でやっていて、既に点状に分断されてしまった自然林を『緑の回廊』でつなごうとしています。中には道路の上を通すヤマネやリスの回廊なども作っていますね。ああいうのも回廊の一種です。

ヤマネ
ヤマネ
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緑の回廊のイメージ(林野庁HPより)
緑の回廊のイメージ(林野庁HPより)

藤村:
もともとある動物の通り道(けものみち)を、人間の利用する道路などで分断してしまった所に動物用の橋(アニマルブリッジ・アニマルパスウェイ)などをかけてつないだものですね。ドイツ・ベルギー・カナダなどにもありますよね!

アニマルパスウェイを通るニホンリス(提供:一般社団法人アニマルパスウェイと野生生物の会)
アニマルパスウェイを通るニホンリス(提供:一般社団法人アニマルパスウェイと野生生物の会)

今泉先生:
中国地方ではツキノワグマが同じ標高を辿って平行移動していく。そこしか通り道がないから大体の場合、上手くそこを通りますね。

藤村:
動物たちは人間の思惑通りにちゃんと動いてくれているんですね。最終的にどのあたりまでこのネットワークを繋げようとしているんでしょうか。

今泉先生:
日本中全部を仕切らないで森で繋ごうとしています。幅は最短でも50mは必要です。

藤村:
50m!結構狭いのですね。動物にとっては自分が見つけたい獲物もすぐに見つかりますが、自分も天敵からすぐに見つかってしまう気がします・・・・。

今泉先生:
交通事故にあうよりはいいだろうということから、高速道路の下に土管を埋めて、そこを動物が通る動物用のトンネル(回廊)も日光にあります。30年くらい前に調べたらタヌキが通っていました。動物同士が出会ったらどうするのかな(笑)。

藤村:
本来は人間本位でなく動物本位で考え、人はよけてあげるのが一番いいとは思いますが、人間が何かを造ってしまったなど本来の自然が保てない所は人工的な施しを行っているということなんですね。

監視カメラ映像より(提供:一般社団法人アニマルパスウェイと野生生物の会)
監視カメラ映像より(提供:一般社団法人アニマルパスウェイと野生生物の会)

下の『緑の回廊』の設定状況を見ると、国内の回廊は国有林にのみ設置されているため、国有林の比率の高い東北地方および北海道に多く設定されていることがわかる。そして、これらの地域において『緑の回廊』の規模も大きい傾向が見て取れる。また、近畿以西の地域では「四国山地緑の回廊」が最も規模が大きい『緑の回廊』であることがわかる。

緑の回廊の設定状況 (林野庁HPより)
緑の回廊の設定状況 (林野庁HPより)

「元々森林が多いところで始めてもほとんど意味がない」また、「この先温暖化が進行すると、西日本から点状にしか存在しないブナ林などは姿を消す可能性がある」と先生は著書で記す。しかし、もし『緑の回廊』が完成していれば、一旦は姿を消した樹種も、温暖化の進行具合によっては再び戻る可能性が生まれることから、クマだけでなく日本の自然全体にとって『緑の回廊』計画は重要だとも記している。

狭い土地の有効利用

今泉先生:
『緑の回廊』というのは、元々はアメリカのラフュージという渡り鳥の避難所(休憩場所)に端を発しているんです。「この辺りを渡り鳥が飛ぶ飛行ルートがあるぞ!」とわかり、数㎞~数十㎞おきに沼地を点在させるように避難所を作りました。そうすることで渡り鳥はそこで休みながら飛んで行くようになったんです。

その避難所に稲が植えてあったのを見て、ちょっとした地域を残せばあとは畑として利用できることから「国土の狭い日本では、『緑の回廊』もこんな風にして多目的な土地として活用するのが良いだろう」と僕は思っています。

今泉先生(左)と藤村さおりアナウンサー(右)
今泉先生(左)と藤村さおりアナウンサー(右)

では、『緑の回廊』の課題は?

既存の保護林は本来それぞれが異なった目的で設定されたもので、個々の『緑の回廊』による保全の目標が必ずしも明確ではない点。また、周辺の民有林での林業施行や、それらの林地における野生動物による被害等との調整、あるいは他の公益的機能とのかかわりについても配慮する必要がある点などが挙げられるという。[※注1]

これらを踏まえると、先に今泉先生が提起した保護区の課題・問題とも重複してくる点が多いと感じられる。

今泉先生は私たちが住むこの日本の生態系について、世界的に見ても豊かな哺乳類相で、固有種や種類数も多く、変化に富んでいると著書に記している。日常生活を送っているとこれが当たり前であって、その素晴らしさになかなか気付きにくいものだが、ではなぜ日本の哺乳類相がそんなに素晴らしいのか。

今泉先生は、日本列島が形成された時代が、哺乳類が進化・発展した時代と合致し、原始的な種や、北や南へやってきた他の地域の種などが島化した列島のあちこちに取り残されたからではないかとみている。

それゆえ形成されたこの日本ならではの固有の生態系を護っていくべく、先に述べた保護区や『緑の回廊』の必要性を唱えている今泉先生。

生態系を護るために

藤村:
毎年冬山へスキーに行くのですが、昨シーズンは雪の量も少なかったですし、年々ノウサギの足跡に遭遇する回数が減っているように感じています。

今泉忠明先生:
ノウサギの数が減っているのは森の木々を切る伐採・開発に起因するものでしょう。トウホクノウサギに関して言うとイヌワシやキツネの獲物なので、トウホクノウサギが減るとイヌワシが減るんです。イヌワシの絶滅を救うためにはトウホクノウサギは沢山いた方がいいわけです。

トウホクノウサギ
トウホクノウサギ

藤村:
一般的に、絶滅へのアラートの目安として「50」という数字が挙げられています。個体数が50匹を下回ると、そのまま放置していれば絶滅をさけられないといわれていますが、トウホクノウサギを捕食するイヌワシは、今どのくらいいるとされているんですか。

今泉先生:
北海道から本州中部・西日本くらいまでの山岳地帯全体に生息していて、30ペア(60羽)とも言われています。危機的状況です。

イヌワシ
イヌワシ

今ここにある豊かなで固有な日本の生態系が、私たちの生活に様々な潤いを与えていることに感謝しつつ、子どもの、そのまた子どもの、そのまた子どもたちまでもが、私たちと同じ動植物を見て、愛でたり楽しんだりできるようにこの環境を持続させていきたいと願わずにはいられません。

[※注1]「緑の回廊」政策の現状と今後の課題 -「四国山地緑の回廊」の事例から- (jsrsai.jp)http://jsrsai.jp/Annual_Meeting/M44/resume_a/rA03-2_nozaki.pdf筑波大学大学院生命環境科学研究科 氷鉋 揚四郎 筑波大学大学院生命環境科学研究科 野嵜 弘道

【執筆:フジテレビアナウンサー 藤村さおり】

【表紙画像提供:一般社団法人アニマルパスウェイと野生生物の会】

【動物学者 今泉忠明(いまいずみ ただあき)プロフィール】 1944年、動物学者の二男として東京都に生まれる。東京水産大学(現・東京海洋大学)を卒業後、国立科学博物館所属の特別研究生として哺乳類の生態学、分類学を学ぶ。その後、文部省(現・文部科学省)の国際生物学事業計画(IBP)調査、環境省のイリオモテヤマネコ生態調査などに参加。上野動物園動物解説員、日本動物科学研究所所長などを歴任。けもの塾 塾長。著書に「誰も知らない動物の見方~動物行動学入門」(ナツメ社)など多数

藤村さおり
藤村さおり

FNNプライムオンライン編集デスクを担当。
報道・情報・スポーツ・バラエティー・ナレーションと各ジャンルの番組を担当し25年のアナウンサー経験を経て、2021年から報道局へ。
FNNプロデュース部デスクを1年担当した後、2022年からは経済部記者として環境省・消費者庁・復興庁・国民生活センター・NITE、また物流企業等を担当。生活に密着した問題を取材。2023年から現職へ。
ライフワークとして掲げている環境問題は、アナウンサーの喋り手の目線も忘れずに取材・リポートし、新しく楽しい切り口で皆さまにお伝えしてきた。
プライベートでは2児の母。趣味:ゴルフ。始めたいと思っていること:テニス。