8月24日、処理水の放出が始まった福島第一原発。その福島に7月、手作りの美術館が誕生した。日本と中国との政治問題に発展する一方で、処理水放出に至るまでの日々を福島の人々はどんな思いで見つめてきたのか?

福島第一原発から17km 美術館「おれたちの伝承館」

福島・南相馬市小高。原発事故のあと使われなくなった建物が7月、美術館に生まれ変わった。その名も「おれたちの伝承館」、通称「おれ伝」。地面に作られた矢印の17km先には福島第一原発がある。

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館長は和歌山市出身の写真家、中筋純さん。10年以上福島に通い続け、街の変わりゆく様をカメラに収めてきた。全国各地で福島を伝える美術展などを主催してきた純さんが、いつの日か開きたいと願ってきたのが、「福島」を伝える、常設の美術館だ。

「おれたちの伝承館」館長 中筋純さん:
いろんな意見があって、いろんな見方がある。来た人が迷いの世界に落ちるっていうか、常に「あの事故は何だったんだ?」っていう問いかけが頭の中で残っているような仕組みを作りたいです。やっぱ考えないとね、何も動かない

地元の人々の手助けで、かつて会社として使われていた建物が「おれ伝」の館として提供された。7年前までは、人が住むことが制限されていた場所だ。

「おれたちの伝承館」館長 中筋純さん:
立ちはだかったのが、この建物の中の放射能汚染ですよ。まずその除染の作業をちゃんとやる

除染作業はまさに肉体労働だった。壁や床に付着した放射性物質が基準値以下の数値に下がるまで、濡れ雑巾で拭き続け、板を張り、塗料を塗っていく。

約50人の仲間たちが2カ月かけてやりきった除染の日々を、純さんは動画にまとめ発信した。

「おれたちの伝承館」館長 中筋純さん:
いろんなやつが手伝いに来てくれて。俺としては全部自分で引き受けたい気持ちだったんだけど。果敢にもみんな掃除に来て。館内で見えない敵と戦うというか

除染作業に参加した画家・金原寿浩さん:
目に見えないのに、強烈なヤバさが充満しているわけで。専門家の指導と知恵を借りるしか。私たち一般人には太刀打ちできないです

「おれたちの伝承館」館長 中筋純さん:
自分の土地で生きたいという人が、この12年間どうやって生きてきたのかっていうのが、ダイジェスト版でわかったみたいな感じ

原発事故を後世へ 沈黙する福島の人々の思い

完成した「おれ伝」には、21人のアーティストたちによる約80点作品を展示している。その半数は福島にゆかりのある作家たちだ。

和紙で作られた被ばく牛の作品もある。原発事故のあと、被ばくした牛の多くが、牛舎につながれたまま餓死するか、殺処分を余儀なくされた。

その中で被ばくした牛を殺すことなく飼い続けている男性がいる。おれ伝でやるせない気持ちがこぼれた。

被ばくした牛を飼い続けている「希望の牧場」吉澤正巳さん:
全部12年前のことなんて、もう忘れろ、頭を切り替えろ。心の除染。もう後ろを向くな。前を向けってね。国民に力がないから、ドイツみたいにならない。ドイツはウクライナの戦争で、ロシアのガスが来なくなっても、それでも原発をやめたんだよ。じゃあ日本の国民の力って何だね…

「おれたちの伝承館」館長 中筋純さん:
日本は何でなくならないんでしょうね

被ばくした牛を飼い続けている「希望の牧場」吉澤正巳さん:
だからさ、“まあいっか”国民なんだよ。「まあいっか」を繰り返して、その先に「どうでもいいか」って世界がある

原発事故のあと、1,000基を超えるタンクにため続けられた処理水。政府は2年前、海洋放出を行う方針を決定した。

復興のため、未来のため、みんなで前に進もうという空気の中で、沈黙する人々。「おれたちの伝承館」はそんな人々に語り掛ける。

来場者:
「反対しても流すんだべ」っていう思いが、やっぱりどっかにあって。私、県民なんですけど。でも、そうも言ってられない。一つ一つの声が、自分の中でも誰に言っていいか分からないけど、ある気持ちだなと思いながら見ていました

別の来場者:
こういう絵に描かれている言葉って、普段生活で出せないですから。こういうのを出すのは、どっちかというと少数派かもしれないですけど、でも、多分みんなどっか心に残っているものを、これ見て、こういう感情を持っていていいんだとか、言葉にしていいんだとか、そう肯定される部分はやっぱりみんなあるんじゃないですか

“未来”に進む前に、向き合うべき“過去”があることを、「おれたちの伝承館」は伝えている。

「おれたちの伝承館」館長 中筋純さん:
本当はしゃべりたいんだけど、ちょっとな。それをつなぎ直すっていうのが。今ものすごく大事なんじゃないかなと思っていて。「眠っている俺たち」がいっぱいいるから。これを見て絵を描きたいなと思う人が出てもいいだろうし。そういうのが発露する場になればいいよね

12年ぶりに高浜原発1号機再稼働 福島から京都に避難した家族

福島の原発事故以来、脱原発を表明してきたドイツは、2023年4月、最後の原発の運転を停止した。

日本では7月、高浜原発1号機が12年ぶりに再稼働。福島での事故後、一時は稼働ゼロとなった原発が、今では11基稼働している。

さらに8月24日、福島第一原発でトリチウムを含む処理水の太平洋への放出が始まった。放出期間は約30年に及ぶ見込みだ。

福島から家族で京都・綾部市に避難した井上美和子さんは「おれ伝」で朗読を披露した。井上さんは4年前から朗読家として、自身の経験を伝えている。処理水放出のことも頭から離れなかった。

「太平洋さ流してえの 私たちが痛みを抱いて転んで立って、また転んで立って ようやっと今ここさ立つ、今になるまで流れた時間巻き戻さねえでくんねえか」

一方で、美和子さんの長女・さくらさん(17)はギターを披露。さくらさんは4歳だった時に両親に連れられ、福島から避難。ギターの修理業を営む父と、歌が好きな美和子さんの影響で、音楽と触れ合ってきた。人々の前で福島を伝える、母の姿を見て育った。

浪江町で生まれた美和子さんは、20代の頃、東京電力の関連企業に勤めていた。原発の安全性に疑問を抱かなかった過去にさいなまれることがある。

井上美和子さん:
あることを見て見ぬふりをしてきたからだ。聞いて聞かぬふり、知って知らぬふり。誰々さんの紹介だもの黙っとけ。誰々さんがやってることだから黙っとけって、私たちはそうやってきた。それで、子どもはもちろん、先祖から預かってきた墓でさえ汚染させちゃったよ

毎年1、2回、今も美和子さんの父親が暮らす福島に帰っている。変わり続ける故郷と家族で向き合ってきた。

京都に避難後 家族で挑む“原発賠償関西訴訟”

京都に避難したあと、黙ることをやめた美和子さん。10年前、原発賠償関西訴訟に参加した。

迷いながらも、家族4人全員が原告となることを選んだ。原発賠償訴訟の裁判も打ち合わせも、包み隠さず、家族4人で共有してきた。

井上さくらさん:
原告っていう事実が、自分の中にもあるから、意気込んでいろんなことにも立ち向かえるなって思ったし、今回のことはすごく10年前のお母さんにも感謝やな

井上美和子さん:
そんなこと言ってもらって。私もあの時、すごく自分を責めたからね。物の分別がない子を原告の名前として連ねることって、親のエゴかなと思ったからさ、当時は

7月の本人尋問で、美和子さんは家族を代表して国に伝えたいことがあった。

井上美和子さん:
原発事故が起きた瞬間、あそこに暮らしていたことは失敗だったと思ったんですよって。私たちが見たいけど、見られてないのは「大人の潔さ」なんだよって。その「潔さ」を子どもたちに見せないで死んでいくわけにはいかないって思うんです。原発推進してきたことは失敗だったって、ニュアンスを含む言葉ぐらいは、子どもたちにちゃんと言わないと

求めるのは「潔さ」。さくらさん自身も潔くありたいと思っている。

井上さくらさん:
今回も、友達に「裁判行ってくるわ」って。「いってらっしゃい」みたいな感じやから

Q.一切隠してない?

井上さくらさん:
そうです。隠しても、事実なので。私が原発事故にあったことも事実だし、それに対して国と東電を相手取って裁判しているってのも事実だし。それがあることによって、社会の無責任さを訴えているわけだから。だったら言って知ってもらえた方がいいよなっていう思いがある。だから言っちゃう、もう

9月からドイツへ 責任のあり方を国に問い続ける

さくらさんは今、次のステージに向かおうとしている。幼い頃から家族でドイツ人男性が営むカフェ「みとき屋」に通っていたことがきっかけで、9月から10カ月間、ドイツに奨学金で留学することが決まった。

この日は、「みとき屋」でドイツ留学について話をしていた。

「みとき屋」のドイツ人店主の妻:
何を一番楽しみにしている?

井上さくらさん:
一番楽しみにしてるのは、学校行った時に教育の違いがどんなものか。二番目は女性と男性の格差とか知りたい。格差のなさとか、ボーダレスな感じとか。三番目はおいしいごはんを食べたい

さくらさんに、「どんな人になりたい?」と聞くと…

井上さくらさん:
誰かから何か意見を言われたら、「じゃあ上の方に確認します」とか「それ前例とちょっと違って」みたいなのがあると思うので、自分の中で判断できる人間になりたいなって。自分がどうしていきたいかを自分で表現できる人にはなりたいと思う

福島で生まれ、この国を問い、ドイツに旅立つさくらさん。未来の「おれたち」の一人だ。

(関西テレビ「newsランナー」2023年8月28日放送)

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