ベストセラー書籍『ざんねんないきもの事典』の監修で知られる動物学者・今泉忠明先生に、動物学の観点から見る地球環境について、動物の行動の裏には何があるのかシリーズで伺う。

初回は「温暖化とクマの出没」について。

100kmにわたる“水平移動“

藤村さおり:
近年、ツキノワグマが住宅街に出てくるケースが多発し、温暖化などによるクマの食糧事情が取りざたされています。先生は著書の中で、クマの習性について“水平移動”と“刷り込み”というワードで出没する事情を説明なさっていますね。

住宅街におりてきて農園を荒らすツキノワグマ
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今泉先生:
基本的には食べ物によるものです。“水平移動”というのは、標高が同じなら温度が同じため、同じドングリの種類が同時期に熟します。そのドングリを求めて標高が同じところを標高通りに歩いていくのが“水平移動”です。ドングリは山の上部では(標高と温度の関係から)まだ実っていないし、山の下部はもう実っていない。ですから本来クマにとってはその標高のあたりにいるのが理想でしょうね。

どんぐりを求めて水平移動

ところが先生の著書によると、秋の重要な食物が不作になると100㎞にわたる水平移動をしても食糧にありつけず、仕方なく里に下りてくるという。いよいよもって人里に降りてくる様子が目に浮かびます。

それに対し“刷り込み”とはどういう習性を説明するものなのでしょうか。

母の教えは良いに決まっているという“刷り込み”

今泉先生:
子グマは母親グマに連れて来られた場所は “出て行っても良い場所(食べ物にありつける場所)”と思っています。人間にも通じる親子の仕組みはクマも同じです。

一度“良い場所”とインプットされてしまうと、里山や街もそのように認識してしまう母クマによる“刷り込み”です。

著書によると、成長して大きくなっても刷り込みにより堂々と住宅街に来てしまうという。そもそも親子グマは用心深いとのことだが、ブナが不作の年には先ほどのドングリ探しにより行動圏が広がり、人里に出没するようになるとのこと。

クマの好物ブナは、春の最低気温が平年並みなら開花量は多くなるが、平年より1度以上暖かいとほとんど開花しない。

クマの好物、ブナ

気象庁も先日、生物季節観測の大幅廃止を発表した。生物の生態環境が変化し、動物の観測でもこれまで通りに見つけられないケースが多すぎるという理由からだ。

昨今の温暖化がダイレクトに植物に影響を与えている結果、クマにまで影響を及ぼし、ひいては人の生活を脅かす結果となってしまっている。

広島県内の月別のツキノワグマ目撃数(平成25~令和2年度)出典:広島県公式HP

近年、西日本でクマの出没が活発になっている。その西日本の中でも、特に出没が目立つのが広島県だ。県のまとめによる上のグラフを見ると、今年(令和2年)は、吐出してツキノワグマの目撃数が多いことが分かる。

西日本でクマの出没が目立つ原因について、先生は著書で自然林がなかったからではないかと分析している。自然林があれば台風が来ようが暑くなろうが、クマはその場に留まったのではないか、きっと八方塞がりでクマも困ったのではないかと。

クマに遭遇したらどう対処するべきか

藤村:
先生も調査中にクマに遭遇したことがあるそうですが、不意にクマに出会ってしまったらどう対処するのが正解なのでしょうか。ラジオや鈴など音の出るものを持っていると良い、死んだフリなど色々と言いますが、本当のところを教えて下さい。

今泉先生:
最近特にそういう事例が多いですね。2004年以降、人がツキノワグマに襲われる事故が続いていますが、ツキノワグマは、本来はそんなに危険な動物ではなく、元々は人を襲いません。でも遭遇した際は何とかしなければなりませんね。正解は“戦う”のです!身構えて立ち上がって睨みつける。そしてゆっくり後ずさりをし、距離を離していくのが大事。人間が距離を離してくれると、クマの方も「ああ、よかった」と思うんです。

クマに遭遇した時やってはいけないのは「キャー!」「わ!クマだ!!」と悲鳴を上げること。クマも「なになに??」と興味を持ってしまい、本能がむき出しになり襲いかけられてしまいます。これはイヌも同じ、野犬に会った時大声を出し走って逃げたら必ず襲われます。もしクマが好奇心を持ってこちら(2mくらいの所)へ来たら、今度は逆に「ワーッ!」と大声で叫んで自分の身体をできるだけ大きく見せ脅した方がいいんです。そうすることで、どんなに大きなクマが来たかと思いビックリして逃げます。それに向かって反撃するクマはまずいないです。

クマも人間に遭遇したら「どうしよう困った、ヤバイヤツに出会った」という顔をします(笑)。

調査中の今泉先生

藤村:
しかし2mって、かなりの至近距離ですね。そこまで我慢できるでしょうか・・・。

今泉先生:
距離によって動物の心理って違うんですよ。離れていると自分も余裕があるから逃げられますよね。ただし、ゴミや残飯に餌付いているクマは別で、気を付けなくてはいけません。そういうヤツは出会った瞬間わかります。最初から「クーッ」とやる気です。もしそういうのに出会ってしまったらひたすら後退りするしかないですね。

その時大事なのは決して悲鳴を上げない、そして走らない。怖いけど頑張ってその二つをやりきるしかないですね。

山中への山菜採りなどは、元々クマがいる場所へ人間の方が入って行っているのだから、そこを忘れてはいけないと先生は諭す。

動物学者の今泉先生(左)にインタビューする藤村アナウンサー

大事なのは「お邪魔しますの精神」。
侵入者は私たち人間の方。
クマはいるものと心して入山しないといけないのだ。

今回、“水平移動”や“刷り込み”という、クマの本能的な行動についてうかがって思ったのは、相手(今回はクマ)の性質や行動を熟知していれば、こちらが回避または先回りすることによって、困った状況に出くわさないで済むこともありそうだという点だ。

父・自分(+兄)・息子と親子3代で動物学者という今泉先生。今回、先生はユーモアを交えながら実に楽しそうに動物の習性について話をしてくれた。

「なんといっても調査は面白い」と、先生は70歳を過ぎた今でも現場に足を運び調査を行う日々。野生動物が相手のお仕事。思い通りにならず空振りに終わることも多いのではと、調査のご苦労について尋ねると「楽しいですね。大変さよりも楽しさが勝ります。」とにこやかに話してくれた。

調査は動物の行動を数値化して“知る”こと。

インタビューで先生が「地球は人間だけのものじゃないよ」と語った通り、動物という相手をもっとよく知り多様性を大切にしながら生活していくべきと感じた。

(インタビューはコロナ対策を取りマスクも着用して行った)

【執筆:フジテレビアナウンサー 藤村さおり】

【動物学者 今泉忠明(いまいずみ ただあき)プロフィール】
1944年動物学者の二男として東京都に生まれる。東京水産大学(現・東京海洋大学)を卒業後、国立科学博物館所属の特別研究生として哺乳類の生態学、分類学を学ぶ。その後、文部省(現・文部科学省)の国際生物学事業計画(IBP)調査、環境省のイリオモテヤマネコ生態調査などに参加。上野動物園動物解説員、日本動物科学研究所所長などを歴任。けもの塾 塾長。著書に「誰も知らない動物の見方~動物行動学入門」(ナツメ社)など、