突然の解放

2021年5月14日 現地時刻午前9時10分頃 ミャンマー・ヤンゴン国際空港にて撮影
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2021年5月13日、ミャンマーで「虚偽ニュース」を広めた罪で起訴され、収監中だったフリージャーナリスト北角裕樹さんが釈放された。ミャンマー軍は「日本との友好関係や両国の将来」を考慮し、釈放を決めたとしている。

その真意とはー。

ミャンマー情勢に詳しい東京外国語大学の篠田英朗教授(国際政治学)に日本のミャンマー外交について聞いた。

――釈放の背景をどう見るか

篠田教授:
5月13日にジャーナリストの北角裕樹さんが釈放された。そもそも北角さんの拘束が不当な行為であったが、解放も国軍の意向だけで行われた。国軍は国営テレビを通じて、「ミャンマー国民和解担当日本政府特使の要請を受け、起訴を取り下げ解放する」と説明した。

その5月13日。国軍の発表直前、笹川陽平・公益財団法人日本財団(旧日本船舶振興会)会長・同笹川平和財団名誉会長は、久々にブログを更新した。そして「民間人である私がミャンマー国民和解日本政府代表を拝命したのは、長年にわたるミャンマーでの人道活動が評価された結果である。この役職に任期はない。」と書いた。笹川さんの貢献により、北角さんが釈放された可能性は高い。

もちろん、北角さんの解放は喜ばしいことだ。ただし諸手を挙げてミャンマー国軍と笹川さんを称賛するべきなのかと問われれば、国際政治学者としては、非常に悩ましい。

現在、国際社会は、テロリストの人質拘束のような恫喝行為には、一致団結して、絶対に屈しない、という総意を持っている。そうした総意がなければ、新たなテロリストによる恫喝行為を招いてしまうことが必至だからだ。ところが邦人の人質が発生するたびに、この国際社会の総意に反した姿勢を見せがちなのが、日本だ。もちろん北角さんの解放は喜ばしいことだが、しかし、そもそも拘束が不当であった。ミャンマーでは、未だ44人の報道関係者が拘束中であり、市民は3885人が拘束中であるとされる。(2021年5月14日現在)

日本が今後、国軍に対してどういう態度をとっていくかは、さらにいっそう国際的な注目の的になったと言えるだろう。日本ミャンマー協会の渡邉秀央会長が14日にヤンゴン入りし国軍の評議会関係者と面会予定とも伝えられている。北角さんの解放は、日本のミャンマー外交が持っている特殊な性格を明らかにしている。

ミャンマーの国営英字新聞『The Global New Light of Myanmar』2021年5月14日号より。
国軍の最高機関「連邦行政評議会(SAC)」の署名で、北角さんを釈放する旨が書かれている。

ミャンマーでは2021年2月1日のクーデター以降、国軍による弾圧が強まり、民主派勢力が対抗措置として少数民族の武装勢力と合流。およそ70年続く内戦が激化している。
民主派勢力の「挙国一致政府(NUG)」は5月5日、クーデターを起こした国軍に対抗する「国民防衛隊」を設立したと宣言した。

声明では「NUGには国軍によるテロ行為を阻止し70年続く内戦を終結させる責任がある」と述べた。日本政府は経済制裁を強める欧米とは一線を画す形で、国軍との長年の繋がりを踏まえた事態打開を模索している。実態はどうなっているのか。

クーデターから100日

――クーデターから100日が過ぎた。日本の外交政策をどう見るか。

篠田教授:
ミャンマー国軍の行っている弾圧に対し、日本も欧米などの価値観をともにする国々と足並みを揃え、積極的に批判すべきだ。いくつかの共同声明に加わらず独自路線を進もうとする日本政府は、ミャンマー国軍とのパイプを優先して国益を損なっているのではないか。

ミャンマーはきのうまで安定していたのに、クーデターによって突然不安定になった国ではない。民主化など良い時もあったが、遡れば植民地体制のまま独立国家となり、アフリカのスーダンと同じように独立以来ずっと紛争をしてきた。まずは諸外国として5年10年というスパンでミャンマーの抱える脆弱性とは何で、どうすれば克服できるのかを考えなければならない。

関連して日本としてはミャンマーにどうなってほしいのか、さらにどういう関係を作りたいのかという長期的な見通しに沿った基本的な戦略を立てなければならない。現在CRPH(連邦議会代表委員会:アウン・サン・スー・チー氏が率いる国民民主同盟(NLD)議員らが設立)が進めている連邦制への試みは、ミャンマーにとってはもっと早くに取り組まなければならない事柄だったと思うが諸処の事情で進めることが叶わず、現地ではパンドラの箱のように捉えられていた。

改めてそうした根源的なところから考えることは至極当然かつ極めて重要な試みだと思うし、日本政府もそれを認知する作業がどこかで何らかのレベルで必要になると思う。

クーデターに抗議し警察と対峙する市民たち

日米首脳共同宣言 2021年4月17日

「日米両国は、ミャンマー国軍及び警察による市民への暴力を断固として非難し、暴力の即時停止、被拘束者の解放及び民主主義への早期回復を強く求めるための行動を継続することにコミットする」

G7外相声明 2021年2月23日

「我々、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国のG7外相及びEU上級代表は、平和的な抗議活動に対するミャンマーの治安部隊による暴力を断固として非難する。我々は、人命が失われたことに哀悼の意を表明する。

国軍及び警察は、最大限自制し、人権及び国際法を尊重しなければならない。非武装の人々に対する実弾の使用は受け入れられない。平和的な抗議活動に暴力で応じるあらゆる者は、その責任を負わなければならない。

我々は、クーデターに反対する人々への威嚇及び抑圧を非難する。我々は、インターネットの利用停止及び言論の自由を抑圧する過酷な法改正を通じたものを含む表現の自由の締付けについて懸念を提起する。

抗議活動の参加者、医師、市民社会及びジャーナリストを体系的に標的とすることは止めなければならず、緊急事態は撤回されなければならない。

我々は、引き続き、最も脆弱な人々を支援するための完全な人道アクセスを求める。我々は、引き続き、ミャンマーにおけるクーデターを結束して非難する。

我々は、アウン・サン・スー・チー国家最高顧問及びウィン・ミン大統領を始めとする恣意的に拘束された人々の即時かつ無条件の解放を改めて求めるとともに、ミャンマーの人々が民主主義と自由を探求する中で、彼らと共にあり続ける。」

一部の共同声明に加わらなかった日本

4月9日に公表されたミャンマー軍を非難する共同声明には、ミャンマーに駐在する17カ国の大使が署名したが、日本は加わらなかった。
声明は、国軍による市民への弾圧を非難し、犠牲者を追悼する内容だった。

出典:在ミャンマー米国大使館HP

2月9日、ミャ・トゥエ・トゥエ・カインさんは、ネピドーでの抗議活動中にバス停の下に隠れていたところを銃撃された。彼女は19歳だった。以降、ミャンマーでは600人以上の民間人が殺害されている。

殺害された人々は、民主的な権利と自由のために抗議活動を行っていた。子どもたちも殺害された。何千人もの人々が、自由と民主主義を求める声をあげただけで、負傷したり拘束されたりしている。

私たちは、彼らの勇気と尊厳に敬意を表する。私たちは、彼らの家族や友人の悲しみに寄り添うために団結している。私たちは、すべての人々の権利と可能性が十分に尊重され、発展できる、自由で公正、平和で民主的なミャンマーを信じるすべての人々の希望と願望を支えるために団結する。暴力を止め、すべての政治的拘束者を釈放し、民主主義を回復させなければならない。

(この声明に署名したのは、オーストラリア、カナダ、EUおよびミャンマーに駐留する欧州連合加盟国の代表団(チェコ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、スペイン、スウェーデン)、ニュージーランド、ノルウェー、韓国、スイス、英国、米国の各駐留大使。)

2月19日に亡くなったミャ・トゥエ・トゥエ・カインさん。
入院中の2月11日、20歳の誕生日を迎えていた。
クーデター後、初めての犠牲者となった。

5月3日には18カ国の大使が拘束されている報道関係者の即時解放などを求め、声明を出した。
日本はジャーナリストの北角裕樹さんが拘束されていたが、声明に加わらなかった。

出典:在ミャンマー米国大使館HP

――共同声明に参加しない日本についてどう見るか

篠田教授:
正当性の高い民衆側に立っていないという批判には非常に弱い。一方で、国軍が勝つはずだという考え方もありそれは短期的に見れば事実だろうが、国軍が勝利するとしても、5年10年というスパンで見た時にそれは極めて表層的な勝利だ。国軍が勝利した翌日から国民みんなが喜んで国家を運営し、日本のODAを上手く回してくれるなんてことは余りにも非現実的。共同声明を出すか出さないかの判断をする際、ミャンマーはどちらの方向に進んでいけばより安定した素晴らしい国に近づくのかを考えるべき。

国際的な原則に則した形で考えてみると、軍隊が銃を振り回して民衆を抑圧するやり方が持続可能性の高い施策とはとても思えない。ミャンマーはそのやり方でずっと国としての脆弱性が高かった。このやり方を何かのきっかけで変えてもらいたい。

日本は、約10年間の民主化のなか変えようとして変わらなかったこの問題について、今回もまた無理だったという結論ではなく、これを産みの苦しみと捉えて、なんとか国民を銃で抑圧しない国に生まれ変わる方向に、外野で第三者ながらも支援するという姿勢について、客観的な認識の中で判断していくべきだ。

今の日本は自分たちが信じるものや成すべきことではなく、「これを言うと国軍が怒るだろうか。どう思うだろうか」ということだけで自分たちの外交スタンスを決めているように感じる。相手の機嫌の良いときには調子の良いことを言って、機嫌が悪いときには違うやり方をする。それを延々と続けるのは一国の外交政策の決め方として間違っているし、ミャンマーという国のためにもならない。

もし「あの声明は内容的におかしい」とか何らかの意見があって共同声明に参加しないのであれば、堂々と表明するべきだ。共同声明に署名したのは、日本にとって唯一の同盟国であるアメリカおよび友好国。間違いは指摘するのが正しい友情というものだ。

「あなた方がやっていることは正しいのだけれど、まったく正しすぎて我々にはついて行けない」というのは、ミャンマー軍にも何も尊敬されない上に、自分の友達にも疑念を抱かれるだけではないか。「私たちはその程度の国です」と言っているに等しく、友情を台無しにする作業だと思う。

同盟国や友好国が考えている“ミャンマーの進むべき道”について、日本は賛同しているのか否定しているのか表明するべき。すべては大きな方向性の中で、“10年後ミャンマーにどんな国になってほしいのか”という枠組みの中で進めるべきだ。

外務大臣から現地の大使を含めて共有している共通の政策的方向性があるのか。あるなら、日本国民もが分かるように説明してもらわなければならない。現地の大使が「何かよく分からないけれども上手くやれ」と指示されているような状態にいるのではないか心配だ。そんな無茶ぶりをされても成果を出せなくて当然だ。私は対ミャンマーの外交政策に批判的だが、現地の大使には同情的な立場だ。方法論を示されず、方向性や成果目標さえ与えられず、「とにかく上手くやれ」と指示されるという無茶苦茶な仕事は他にない。

――大使に具体的な指示が出されていないと感じるか?

篠田教授:
大きな政策的方向性を出すのは、東京の仕事。それが検討されて出さているように見えない。「パイプを生かせ」とか漠然としたものはあるかもしれないが具体は無いだろう。大使館のホームページも更新されていないし、当事者は口を閉ざしている。どうしたら良いかよく分からない状態に陥っているように見える。

#2後編に続く

【執筆:フジテレビ 国際取材部 百武弘一朗】

【篠田英朗 東京外国語大学大学院教授プロフィール:専門は国際政治学(平和構築)1968年10月11日生まれ。神奈川県出身。早大政経学部卒。ロンドン大(LSE)で国際関係学博士課程修了。広島大学准教授、コロンビア大学客員研究員などを経て2013年より現職。著書『平和構築と法の支配―国際平和活動の理論的・機能的分析』(大佛次郎論壇賞)『「国家主権」という思想―国際立憲主義への軌跡』(サントリー学芸賞)『集団的自衛権の思想史』(読売・吉野作造賞)『紛争解決ってなんだろう』など】