韓国で福島第一原発の処理水海洋放出決定に対する抗議が過熱する中、韓国で暮らす日本人にとって心配な事態が起きている。日本政府に対する韓国の学生団体の不法行為を与党の国会議員が擁護し、警察が取り締まりを放棄しているのだ。今後在韓邦人に同様の危害が加えられたときに、韓国の警察は本当に日本人を守るのだろうか?

違法行為を取り締まらない警察

ソウルの日本大使館が入るビルの入り口で韓国の学生団体が不法な座り込みを続けている。警察は排除しておらず、韓国政府がウィーン条約に違反している状態が続いている。
ソウルの日本大使館が入るビルの入り口で韓国の学生団体が不法な座り込みを続けている。警察は排除しておらず、韓国政府がウィーン条約に違反している状態が続いている。
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事の発端は4月16日、韓国大学生進歩連合など革新系の学生団体がソウルの日本大使館前歩道で強行した無許可の抗議集会だ。団体は「日本政府の福島汚染水海洋放流決定を糾弾する(※韓国政府を始め、韓国では処理水を汚染水と呼んでいる)」と主張し、日本の相星孝一大使に抗議書簡を渡すため大使館への侵入を試みた。しかし警察に阻止されたため、大使館が入るビルの正面入り口前で座り込みを始めたのだ。

韓国の公道で集会を開くには事前に警察の許可を取らなければいけないが、そういった手続きはなかったという。明らかな違法行為だ。また日韓共に批准しているウィーン条約の22条2項では、大使館の安寧の妨害、威厳の侵害を防ぐ措置を取ることを受け入れ国に義務づけている。大使館正面での抗議の座り込みを放置すれば、韓国政府はウィーン条約に違反する事になる。

韓国警察は団体に対し、違法かつ政府がウィーン条約違反に問われる事を伝え、退去するよう求めた。しかしそこに介入したのが、文在寅政権を支える与党の国会議員達だ。共に民主党のチン・ソンジュン議員ら3人の国会議員は4月17日現場に姿を現し、事もあろうに違法行為を実行している最中の団体メンバーを激励した。さらに、退去を求める警察に抗議までしたのだ。議員らはSNS上でも「代わりに戦ってくれる学生たちに感謝したい」「意見を表明できるように助ける」などと応援メッセージを送った。

韓国憲法は法治主義を標榜している。しかし、国会議員が違法行為を擁護し、条約違反状態を解消しようとした警察に抗議する事態が生じた。現場には団体に差し入れを持ち込もうとする人たちも現れており、「日本に対する違法行為は問題にならず、擁護される」という、法治国家として異常な状態が問題視される様子は全く見られない。国会で圧倒的多数を占める与党議員の圧力に屈したのか、警察は退去を強制していない。在韓日本大使館は韓国政府に強く対応を求めているが、不法かつ条約違反の状態は3日目となった4月19日も続いている。

不法占拠を続ける団体と警察とのもみ合いは発生しているが、逮捕や強制排除は行われていない。与党国会議員は排除しないよう警察に抗議している。
不法占拠を続ける団体と警察とのもみ合いは発生しているが、逮捕や強制排除は行われていない。与党国会議員は排除しないよう警察に抗議している。

集会ではなく「記者会見」

前述の通り公道での集会を実施するには警察の事前許可が必要だが、それに加えて日本大使館周辺は「新型コロナウイルスの防疫のため」という名目で、集会の開催自体が制限されている。しかし、実際には日本大使館周辺では様々な「抗議集会」が日常的に行われてきた。代表的なのが、毎週水曜日に実施される慰安婦支援団体による「水曜集会」だ。

ただ、この水曜集会は日本大使館跡地の前に設置された慰安婦像の隣で行われており、現在は大使館跡地に隣接するビルに入居している日本大使館とは数十メートル離れている。また、実は「集会」ではなく「記者会見だ」という体裁を取っているのだ。詭弁だが、警察としては違法な集会ではないとの立場だ。他の「抗議集会」も実態とは異なるが「記者会見だ」と主張しており、体裁上は違法行為とは受け止められてこなかった。

逆に言えば、明確な違法行為の場合、警察は取り締まりを行ってきた。例えば2019年に日本の対韓輸出管理強化に抗議するために学生団体が釜山の日本総領事館に侵入した事件では、明確な違法行為であったため韓国警察は団体メンバーを逮捕している。

今回の座り込みは大使館が入るビルの目の前で行われており、警察も違法だとの認識を持っている。しかし強制力を伴う排除を行わず、違法行為と条約違反状態を長期間放置しているという点で、従来の状況とは異なる。

この変化で「たがが外れる」事もあり得るだろう。大使館のみならず韓国に滞在する日本人や日本法人に対して、「処理水に抗議するため」との理由で違法行為がなされた場合、警察は本当に取り締まるのだろうか?今回の与党議員の振るまい、警察の対応を見る限り、日本が対象のケースに関して法治主義や法の下の平等が守られると信じるのは楽観的過ぎるだろう。少なくとも、今後日本人への違法な加害行為が放置されないとは言い切れず、信頼は失われた。

韓国外務省は私たちの取材に対し「韓国政府はウィーン条約上の義務を果たすため、駐韓日本大使館の前に警察官を24時間配置するなど警備を強化し必要な措置を取っている。大使館と職員の安全に危害がないように最大限努力していく」とコメントした。ウィーン条約では安全だけではなく「威厳の侵害」も防ぐ義務があるが、その点については触れなかった。

法治国家なのか放置国家なのか

この事件について、ほとんどの韓国メディアは「数多ある日本への抗議の一つ」程度の扱いで、その問題性を指摘していない。法治主義や条約順守への意識が低いと言われても反論できないだろう。ほぼ唯一、政権と対立する保守系の大手紙「朝鮮日報」が批判的に報じているが、日本を擁護するというよりは、警察の法執行に介入した与党議員を批判する内容だ。朝鮮日報は現場の警察官の声として「日本がいくら憎くても大使館は絶対に保護してこそ、相互主義的観点で私たちも保護されるはずだ。国会議員が海外にいる韓国の外交官たちを死地に追い込むようなものではないか」という発言を紹介している。

率直に言って、一緒にしてほしくない。私は韓国に赴任する前、東京の各国大使館を警護している警視庁警備部を担当する記者だった。私が取材した限り、現場の機動隊員は韓国だろうと中国だろうとアメリカだろうと大使館で働く外交関係者を脅威から守るという意志はもちろんのこと、法律・国際法・条約を順守する事で、国際社会の責任ある一員としての日本の尊厳を守るという強い意志も持っていた。警視庁の機動隊員たちは今日も体を張って各国大使館を守っている。

いくら日韓関係が悪化しようと、韓国警察が日本大使館前での違法行為を放置しようと、韓国政府がウィーン条約を無視しようと、日本の機動隊員が大使館前での不法行為を放置するような事など、絶対にあり得ないだろう。在東京韓国大使館の皆様には、どうか安心して頂きたい。

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】

渡邊康弘
渡邊康弘

FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。