美術や演劇、映像、音楽業界など表現の現場におけるハラスメント被害を調べたアンケート結果が3月に公開された。調査結果によると回答者のうち8割以上が「ハラスメントを受けた経験がある」と答えている。
この調査に関わった一般社団法人社会調査支援機構チキラボ所長で評論家・荻上チキさんに、表現の現場における被害の特徴とその根絶策を聞いた。
表現の現場特有のハラスメントとは
アンケート調査は2020年12月から2021年1月にかけて、表現にかかわる分野・業界で仕事をしている人を対象にインターネットで行われた。アンケートには、美術、演劇、映像、デザイン、音楽、ジャーナリズム、写真業界などに携わる1449人が回答。回答者の性別は女性が約6割で、年齢は30代が最も多かった。また雇用形態はフリーランスと答えた人が56%だった。
この記事の画像(5枚)――調査では回答者1449人のうち8割以上の1195人が過去10年以内に「(何らかの)ハラスメントを受けた経験がある」と回答しました。この結果をご覧になってどう思いましたか?
荻上氏:
率直に酷いなと思います。他の分野のハラスメントと同じようなものが多い一方で、ハラスメントが発生するシチュエーションやハラスメントを行う際に用いられるボキャブラリーに表現の現場の特殊性があると思いました。
たとえば美術分野では客がしつこくつきまとうギャラリーストーカーや、ヌードの現場でのハラスメント。
演劇分野では演技指導やオーディションの査定を、身体を触れるなど演技とは関係のないところまで踏み込んで行う。しかし演技指導なら相手が脚本家や監督、オーディションなら審査員やプロデューサーだから逆らえない。こういったシチュエーションは表現の現場ならではものです。
「表現のため」とハラスメント性を隠す
――表現の現場でハラスメントを行う際に使われるボキャブラリーとは?
荻上氏:
例えば「表現のため」「作品のため」というボキャブラリーを使うことで、ハラスメント性や暴力性を隠してしまうことがあります。具体的には「よりよい作品にするために、私とセックスしよう」「もっと男性経験を積んだ方がいいよ」など、よりよい作品と経験は本来関係が無いものなのに経験主義をもってきて自分が有利になるようにコントロールしようとする。
性暴力の文脈では「業務上性暴力」という呼び方がありますが、「業務上ハラスメント」を覆い隠すような語彙が多く溢れているわけですね。
――今回の調査で新たに分かったことはありましたか?
荻上氏:
今回の調査の大きな特色は、テクハラとレクハラという2つの被害体験が多く集まったことです。テクハラ(テクスチュアル・ハラスメント)は作品(テクスト)について、ジェンダーによって不当な評価をするということです。「女性ならではの感性」「女性なのにすごいね」「女の書いたものだから感情的でつまらない」「男の影響だろう」というように。
――レクハラはこれまで聞いたことがありませんね。
荻上氏:
レクハラ(レクチャリング・ハラスメント)は今回新たに用いた造語ですが、レクチャー(指導)の際に生じるハラスメントで、大学に限らず、専門学校、部活動、演技指導など師弟関係や指導的地位を利用して行われます。しかしレクハラの概念が今後共有されれば、「言っていることは正しくても言い方がおかしい」、「そもそも言っていることがおかしいのでそれは指導ではない」という気づきが指導現場に広がると思います。
フリーランスが働く環境の悪慣習
――アンケートでは働く環境に関する回答もありましたか?
荻上氏:
今回の調査では回答者の半分以上がフリーランスでしたが、文芸やジャーナリズム分野では契約書を締結しないまま口頭で仕事の依頼が行われる慣習がありました。
また表現の分野は労働の対価や作品の評価が客観的に共有しにくく、発注者の言い値で値切られたり、支払われなかったりということが起こっていました。
――こうした契約の慣習については、法や制度の整備で変えられるのではないでしょうか。
荻上氏:
厚労省がフリーランスを法的に保護するというのがあります。また文化庁は芸術など表現の支援をしていますが、表現のアウトプットだけでなく、そこで働く人への支援を行っていくことが必要です。たとえばウエブやリーフレットなどによる啓発活動や被害にあった人たちの無料相談をする取り組みを短期間でもテスト版としてやってみる。そこでどんな声が集まるのかによって行政的な対応を検討するのが必要だと思います。
#MeTooで変わったハリウッド映画産業
――一方で長年あった体質や慣習を変えていくのは一朝一夕では難しいですね。
荻上氏:
#MeToo運動はハリウッドの映画産業から生まれ、あれだけ野蛮な事をしていたハリウッドがあっという間に人権保護の最前線に変わりましたね。そういうダイナミズムをいま我々が目の当たりにしているわけで、日本でも短期的に変わることは可能だと思います。
そうなれば頭のOSが古くても少なくとも人前ではしないとか、人前で表に出すのに躊躇するようになることで、ハラスメントの発生頻度が抑えられ、現場が変わっていくでしょう。いますぐにできるのは概念の共有です。ゲームのルールが変わったんですね。
――調査は今後も続けていきますか?
荻上氏:
今回はスノーボールサンプリングによる調査でしたが、量的調査とインタビュー調査、信用調査を含めた実態調査も行っていきます。例えば文学賞や美術賞の審査員の男女構成がどうなっているのか調査をして、もし比率が歪んでいるなら、それによって不利になっている表現者がいる訳です。こうした実態調査によって業界ごとに啓発の取り組みを行っていきます。
――ハリウッドにできたことが日本でできないわけがないですね。ありがとうございました。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】