ワクチンを最低一回接種した人が、人口の3割を超えたアメリカ。接種開始から3カ月以上が経つが、ワクチンの慢性的不足感がようやく、すこしずつ薄らぎつつあるような実感がある。

筆者が住むニューヨークでは、4月6日から16歳以上の全ての人が接種対象となる。その前週に30歳代の筆者が対象となった際は、予約確保はプラチナチケット並に入手困難に思えて落胆したが、数日待つと予約が取れ、近所のドラッグストアで1回目の接種を受けた。

ここ数日で、友人との会話や、職場が入るビルのエレベーター、ランチで立ち寄ったレストランでも、「ワクチン打った?」という会話が聞かれるようになった。当初は夢物語に聞こえたバイデン大統領が掲げる“5月までに全成人接種”目標も、あながち無謀ではない気がしてきた。

筆者も1回目の接種を終えた記録カードを交付された
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広がる「ワクチンパスポート」

ワクチンパスポートという言葉もよく聞くようになった。ワクチン接種歴などを証明するもので、これを示すことで様々な活動が認められる。社会や経済活動再開の切り札として欧米やイスラエルなどで導入が始まっている。同時に、このパスポートによって得られる「利益」も多方面に広がりつつあるようだ。

東部ニュージャージー州のラトガース大学では、9月からはじまる秋学期の対面式授業に出席する学生に対してワクチン接種証明を求めると発表した。米メディアによれば、アメリカの大学でこうした取組は初めてだという。

また、全米屈指の名門、アイビー・リーグのひとつである、コーネル大学も同様のシステムを導入すると発表。オンライン授業が長期化する中、大学側が対面授業の再開に向け、ワクチンパスポートを導入した形だ(オンライン授業のみで学位を取得する学生は不要)。ただし、医学的または宗教上の理由がある学生は、例外として認めている。現状では、学生の何割が新学期までに接種を済ませて授業に参加するかは未知数である。

スポーツ&エンターテインメントでも

スポーツやエンターテイメントの復活にも、ワクチンパスポートが切り札として活用されている。大リーグの新シーズンが始まったが、ニューヨークヤンキースなどの本拠地では、ワクチン接種証明、もしくは指定された期間に受けた検査で陰性だったことを証明して初めて、観戦が可能となる。

また、ニューヨークが本場のブロードウェーミュージカルは、休演して1年以上が経つが、4月3日、閉鎖以来はじめてブロードウェー劇場を使用しての特別パフォーマンスが行われた。ここでも観客はヤンキースタジアムと同様、ワクチン接種証明もしくは陰性証明を提示して入場していた。ブロードウェーは少なくとも5月いっぱいまでの休演が決定している。6月からすぐに上演再開となるかは不透明だが、行政側は特別パフォーマンスを観光経済復活のための実験的な試みと位置づけているようだ。

今後、ミュージカル俳優やスタッフのための専用ワクチン会場や、検査場の整備を急ぐと表明していて、この方法がスタンダードになる可能性は高い。それほど、ニューヨークの心である、エンタメビジネスは打撃を受けているということになる。

ブロードウェー劇場では、ワクチン接種履歴や陰性証明の確認のほか、体温測定も。

「インセンティブ」ビジネスも登場

一方、ワクチン接種した人を優遇するサービスを実施し、接種のインセンティブを上げるビジネスも登場した。甘いご褒美をインセンティブとしているのが大手ドーナツチェーン「クリスピー・クリーム・ドーナツ」だ。同社はワクチンを接種した記録を提示した客に対してドーナツ一個を無料にするキャンペーンを開始した(アメリカのみ)。しかも一回限りではない。1日1個なら、なんどでも無料になるというシステムのため、しばらくは毎日でもドーナツが食べられるというものだ。

客からは「接種率向上のためにいい取り組みだ」と喜びの声が上がる一方で、SNSでは「毎日ドーナツを食べさせるなんて、肥満を促進するではないか」「インフルエンザのワクチンを打ったら、タバコが無料になるキャンペーンみたいだ」などの批判も上がっているようだ。

こうしたインセンティブビジネスは、ほかにもあり、ワクチン接種者に対し「ポップコーン無料」とする映画館もあるという。このようにワクチンパスポートをパンデミックによって奪われた活動に戻るための最初のステップと位置づけ、ビジネスに結びつける動きも活発化している。

ワクチン接種者にドーナツ無料を発表した「クリスピー・クリーム・ドーナツ」

ワクチンパスポート禁じる州も

こうして、アメリカ全体がワクチンの接種普及に一枚岩となっているかと思いきや、そうでもない。フロリダ州のデサンティス知事は2日、ワクチンパスポートを禁止する知事令に署名した。「行政機関はワクチンパスポート発行してはいけない」、「民間ビジネス(レストランや映画館などを含む)はワクチンパスポートの有無によって入場制限をしてはいけない」というもので、理由は「接種するかどうかは個人の自由」「接種の有無の情報はプライバシーである」という論点に立っている。ミシシッピ州の知事もCNNテレビの取材に対し「ワクチンパスポートは良いことだと思わない」と、支持しない考えを表明した。

「ワクチンパスポート」を禁じたフロリダ州のデサンティス知事

ワクチンの接種が“個人の判断”であることに異論を唱える人はいないだろう。ワクチンを接種しない判断をした人や医学的にワクチンを打てない人が、ワクチンパスポートによって不利益や差別を受けることはあってはならない。ただ、2人の州知事に共通しているのは、2人とも「共和党」の知事であるということだ。

CBSテレビの3月中旬の世論調査では、「自分が接種対象になったら、ワクチンを打ちたいか」という質問に対し、「はい」と「多分」と答えた人が77%で、「いいえ」と答えた人は22%。これが支持政党別になると、民主党支持者の「いいえ」が10%だったのに対し、共和党支持者の「いいえ」は33%と、差が顕著になる。

脳裏に浮かぶのは、2020年秋の取材で経験したできごとだ。2020年10月、当時のトランプ大統領が新型コロナウイルスに感染し、入院した病院前で取材した。数百人のトランプ支持者たちは、密の状態でトランプ氏への回復を祈りながら再選を訴えていたが、マスクをつけていない人が多かった。「なぜマスクしないのか」と訪ねると、「マスク着用は個人の自由だから」との答えだった。

また、11月の大統領選の最中、激戦州フィラデルフィアでは、マスクなしのトランプ支持者の男性は、質問をした筆者に対し、「君の口の動きが見えなくて質問がわからない。マスクを外してくれないか」と聞かれた(筆者は、お断りした)。

マスクが政治的分断の象徴となったように、またしてもワクチン接種が政治の道具になってしまわないだろうか。ワクチンの有効性、安全性は科学に基づき、データをもとに個人が判断するべきであると考える。感染収束を目指す2021年、ワクチンが政治化することによって再びアメリカの“分断”が深まるのではないかと、一抹の不安も禁じ得ない。

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【執筆:FNNニューヨーク支局 中川眞理子】