全米で2800件報告 大規模抗議集会も

アメリカ各地で、アジア系住民が被害にあう暴力や差別的発言が後を絶たない。1月から2月にかけ、カリフォリニア州では91歳の高齢男性が突然後ろから突き飛ばされたほか、ニューヨーク市でも男性が後ろからナイフで刺される事件が発生。サンフランシスコ市ではタイから来た84歳の男性が突然男に突き飛ばされ亡くなる悲劇も起きている。

カリフォリニア州で91歳男性が被害に(Oakland Chinatown Chamber of Commerce/Carl Chan)
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いずれもアジア系住民が被害にあう事件で、被害者らは、特定の人種が憎悪の対象になる「ヘイトクライム」であると訴えている。人権団体(STOP AAPI HATE)のまとめによると、新型コロナウイルスのパンデミックに至った2020年3月から12月までに寄せられたアジア系への暴力や嫌がらせの報告は2808件に上る。「中国ウイルスを持ち込んでくるな」「ウイルス、地獄に落ちろ」など、パンデミックはアジア人のせいだといわんばかりの偏見に満ちた言葉の暴力を投げかけることも多いという。

新型コロナウイルスの感染拡大が中国で深刻だったのは1年前のことで、その後、欧米にも感染の中心地はうつった。なぜ、今もなお、偏見による差別的な暴力が続いているのかが疑問だった。

地元メディアは、退任したトランプ前大統領が「チャイナ・ウイルス」という言葉を、退任直前まで使い続けたことで、アメリカ国内の分断を生み、差別がさらに助長されたのではないかと分析している。

こうした犯罪の増加を受け、ニューヨーク市内で2月27日抗議集会が行われた。

300人以上集まったこの集会では、「私たちはウイルスじゃない」というプラカードが多く見られた。地下鉄車内で2月、突然顔をカッターで切られた男性も参加。この男性は私たちの取材に「誰も助けてくれなかった」と当時の恐怖を語った。

さらに、別の女性も「駅で突然、見知らぬ男にたたかれそうになった。高齢の両親が攻撃されないか心配」と話してくれた。日々の生活で恐怖を共にしている人たちが集まっているという印象だった。

地下鉄で顔を切りつけられた男性。今も傷跡が残る

“ヘイト”認定の難しさも

少しずつ「アジア人へのヘイトクライム」が認知され、問題の深刻さを共有するようになりつつある一方、新たな課題も出てきている。事件のあと、犯人が逮捕・訴追されても、「ヘイトクライム」かどうかをどのように認定するのか、という問題だ。

2月下旬、30代の男性がニューヨーク市内の路上を歩いていると、突然男に背後から刃物で刺され重体となった。男は逮捕されたが、警察は当初、「ヘイトクライム」などの容疑で捜査していたが、その後検察が「証拠がない」として、罪状からヘイトクライムを取り下げた。司法当局が“ヘイト認定”しなかったことに対し、アジア系の団体は抗議活動を行っている。

加害者が、ヘイトクライムの「意図」を持っていたかの証明は必ずしも簡単ではない。このことも全米起きている現象の全体像、輪郭をあぶり出す際の“壁”となっている。

日本人ピアニストも被害に…地下鉄で襲われた恐怖

日本人が大けがをした事件もある。ジャズピアニストとして13年間ニューヨークで活動してきた、海野雅威 (うんの・ただたか)さんはその被害者のひとりだ。2020年9月、地下鉄の駅で、突然、8人ほどの黒人の若者グループに言いがかりをつけられ、いきなり襲われた。殴られて地面に叩きつけられ、それでも暴行はおさまらなかった。肩の骨が折れるほどの痛みと、「死ぬかもしれない」という恐怖に襲われた。

ジャズピアニスト 海野雅威さん

海野雅威さん:
「アジア人が電車内で殴られるというニュースも聞いていたし、犯罪率も上がっているのは聞いていたので、自分のそれに巻き込まれたのかなと。『アジアン・ガイ』とか『中国野郎』という言葉が聞こえたから、ああ、ヘイトクライムというのは明らかだと思いました」

恐怖のさなか、「ヘイトクライム」と確信したという海野さん。警察はその後駆けつけたが、ヘイトクライムの疑いで捜査するとはその場で明言しなかったという。事件から5カ月経つが、犯人はまだ逮捕されていない。

誰しもが「差別される側」「差別する側」になる可能性

海野さんは手術を受け、現在はリハビリに励んでいる。当初はお箸も持てないほどだったが、今は徐々にピアノを弾けるようになってきた。これまでは一度のステージで3時間ほど演奏するのが当たり前だったのものの、現在は10~15分で疲れてきてしまうそうだ。それでも「全く動けないところからの再スタート」で、努力の結果、少しずつ良くなってきているという。

海野さんは、自身を襲った事件の背景についてこのように話す。

海野雅威さん:
「ストレス発散目的だと思います。もともとアジア人差別、偏見は存在していましたから。コロナにより(ストレスで)爆発したんじゃないかと」

一方で、これまで黒人のアーティストとともに演奏活動をしてきた海野さんは、事件を語ることによって「さらなる対立を生みたくない」と訴える。黒人グループに襲われたことは事実だが、だからといって「BLM=ブラックライブズマター運動」が否定的に受け止められるのは、本来の意図ではないと強調する。その上で、「差別」の根深さと、日本人が忘れてはいけないことを、こう語る。

海野雅威さん:
「ひとりひとりが、日本にいるから(アメリカの事件は)関係ないということはなく、自分のことだという意識、日本人も“差別される立場にある”ということを認識することが重要。また同時に、ひとりひとりが、無意識のうちに“差別する側”になってしまうこともあると思います。日本の中でも、外国人に対する差別が存在しうると思います」

FNNのインタビューに応じる海野さん

筆者は、アメリカで取材活動をする中で、2020年夏から「BLM=ブラックライブズマター運動」などのうねりを何度も取材を経験した。怒りや涙、覚悟に接するたび、記者としてどう伝えるべきか悩むことも多かった。海野さんの言葉にあるように、日本人、アジア人も「差別される側」にもあるし、何かのきっかけで「差別する側」になりうるという現実が、今となってより表面化しているのではないか。差別や偏見は、自分自身の心の奥深い底にあるふとした感情から沸き起こることもある。そのことにいま一度、日本人も目を向けるべきだと思う。

【執筆:FNNニューヨーク支局 中川眞理子】