難航する“わいせつ教員排除”への法改正と「日本版DBS」の浮上
子供に対するわいせつ事案を起こした、いわゆる“わいせつ教員”の数は、2010年度には175人だったが、2019年度には273人に急増している。こうしたわいせつ教員を再び子どもと接する仕事に就かせないための対策の1つとして今、「日本版DBS」と呼ばれる機関の創設が脚光を浴びつつある。
わいせつ教員への対策に関しては、去年7月に萩生田文科相が教育職員免許法の改正について言及し、省内で議論に着手した。対策の方向は2つ。1つは児童生徒等に対しわいせつ行為を行い懲戒免職処分になった者などを無期限に教員免許状授与の欠格者とすること、2つ目は小児性愛の診断を受けた者を教員免許状授与の欠格事由とすることだった。しかしどちらも現在の法制度上は難しいことが判明する。
この記事の画像(5枚)萩生田文科相は去年12月25日の記者会見で、1については「文部科学省としては、こうした教員が二度と教壇に立つことがないよう、懲戒免職等により教員免許状が失効した者の欠格期間を実質的に無期限に延長できないかと考え、教育職員免許法の改正について、内閣法制局等と相談を重ねてきましたが、いまだ法制上乗り越えられない課題がある」として、通常国会への法案提出断念を表明した。
また、2についても「専門家のお話では、『小児性愛』に該当する者は子供と身近に関わる環境下でわいせつ行為を行うおそれがあるとの指摘があることを踏まえ、その診断を受けた者に教員免許状を授与しないとすることを検討しましたが、内閣法制局から『小児性愛』は概念が十分に明確とは言えないとの指摘を受け、厚労省にも照会し、私も田村大臣とも話し合いをしましたけれども、現状では疾病として診断基準等が確立されているとは言えないとの回答であり、現時点では、適用範囲の明確さが求められる法令上の欠格事由として規定することはできないと判断せざるを得ませんでした」と述べるなど、こちらも前に進むことが難しくなってしまった。
この会見に先だって、大臣室では萩生田文科相と田野瀬文科副大臣が向き合っていた。法整備が暗礁に乗り上げる中、あるアイディアが議論の中心となった。それが日本版DBSだ。
「日本版DBS」とは何か?
DBSとはDisclosure and Barring Serviceの略でイギリスの内務省が所管する組織だ。弱者保護法に基づき、子供と一緒に働くことを禁じられた犯罪者等リストを整備し、子供と日常的に接触のある職につく場合、この“犯罪者のリストに含まれないこと”を本人が証明する必要があるとするものだ。つまりDBSとは“無犯罪証明書”を発行できる機関で、その運営は主に証明書の発行料を徴収するなどして行われている。
このDBSについて政府関係者は、数年前から国会質疑の中にも登場したことで定期的に調査し、省内でも考え方が浸透していたという。そしてこのDBSの日本版を創設しようという構想について、大臣も検討のGOを出したと語る。
その結果、先述の12月の会見で萩生田大臣は、「この問題は教員だけでなく、保育士ですとか、子供と日常的に接する職種に共通する課題であります。例えばイギリスでは、そうした職種に人の雇用をする場合に、DBSという公的機関が発行する無犯罪証明書を求める仕組みがあり、参考になると考えています。本日、閣議決定された『第5次男女共同参画基本計画』でも、海外の例も参考にしつつ検討する旨が盛り込まれており、文科省としてもそうした検討にも積極的に協力してまいりたいと思います」と導入への意欲を示した。
十分ではない現在の“犯歴照会”の仕組み
実はこうしたいわゆる「犯歴照会」の仕組みは日本でも既にあることはある。教員免許を必要とする者は「官報情報検索ツール」で検索が可能で、その期間も就業期間のほとんどをカバーできる「直近40年間」に大幅延長されることが決定しており、一定の効果は見込めるものだ。しかしこの仕組みでは、事務職などの学校で子供と関わる幅広い職種、保育士や医師など文科省所管以外の資格、またベビーシッターや塾講師、スポーツインストラクターといった法定資格を要しない活動はカバーできていないのが現実で、そもそも犯歴紹介を利用することにも個人情報保護の観点などから制約が多い。
政府関係者によると実例として、2017年に15年前の教員時代にわいせつ行為をして懲戒処分を受けていた男が、再び同じ市町村の児童相談所の非常勤職員となり、またもわいせつ行為をして逮捕された事案が発生するなど、現在の制度が十分ではないことが明白になっている。
そこで浮上したこの日本版DBSについて、年明けからは自民党の行政改革推進本部でも議論が行われている。これまでの経緯と今後の見通しについて小林鷹之行政改革推進本部事務局長に聞いた。
自民党の行革推進本部での議論の状況は
日本版DBSの設置に関する検討は行政改革推進本部の中にある「縦割り行政打破」のプロジェクトチームで行われることになったのだが、そもそもは小林氏が昨年末に、萩生田大臣から検討開始の命を受けた当選同期で同い年でもある田野瀬文科副大臣から、文科省の教育職員免許法などの改正断念の経緯や日本版DBSについての話を直接聞いていたことが発端だったという。小林氏は当時をこう振り返る。
「イギリスのDBSというのを教えてもらい、こういう制度って必要かと言われればそれは確かにそうだとなりました。ただ、それを作ろうとしたときに各省庁に所管がまたがるんです。おそらくどの省庁も『そういう仕組みって必要でしょ』と言えば、多分『必要だ』と言うと思いますけれど、自分が表に立ちたがらないというか、それぞれお見合いしちゃう。だからこそ行革で横串を通してほしい。まさに菅政権の基本方針の一つである縦割り行政の打破、それだよねという話になりました。そこは僕も納得をして、子供達をわいせつ行為から守るために、じゃあやろうというそれが最初のきっかけだったんです」
政府関係者によると、確かに日本版DBS創設となれば、個人情報保護を扱う総務省、前科に関する刑法を所管する法務省、犯歴証明書に関しては警察庁などと省庁間の調整が必要なうえ、運営の財源も課題となってくる。だからこそ省庁横断型での検討が必須となっている。
DBS構想が複数省庁にまたがるが故の「縦割りの壁」
そうした中、小林氏が棚橋本部長に相談し検討へのGOサインがでたが、プロジェクトチームで議論を開始しようとした矢先に、早くもこんな各省の“お見合い事例”があったという。
「そもそもDBSってなんだという話になるわけですよね。もうちょっと詳しく知りたいと言ったときに役所としても細かなところをまだ十分理解してないので、「調査します」って話になります。調査するときはどうするかというと、ロンドンにある日本の大使館にお願いして調べてもらうと思いますが、それを外務省にどの省庁が頼むかっていうので、ちょっと揉めたんです。まさにそれが縦割りなんですけど、最初、法務省なのかと思っていたんですけれど、法務省・厚労省・内閣府といっぱいあるじゃないですか。みんなお見合いしちゃっていてもうこれでは駄目だと。それこそ誰かどこかの部局にこれはあなたたちの責任ですということで、やっぱり決めなきゃいけないと思うんです」
小林氏はこれを「消極的権限争い」と表現し、「誰が主たる責任を持つのか、担当にするのかが重要だ」と強調した。そして政治の「不作為」が許されないという強い言葉で、この問題の解決を目指す意欲を語った。
「教職員であれ保育士であれ、塾の講師であれ、ある意味子供たちに対し優越的な立場にあるわけです。そういう職務上の立場を利用して、子供たちに対してわいせつ行為を行う。中には何されてるかわからない子供たちもいるわけです。こんな卑劣な行為は許せないし、それが現実起こってるわけじゃないですか。本当にすべてひどいんですけれども、それを立法府にいる立場として、例えば場合によっては法改正が必要になってくるかもしれない、それを何もしないで、知ってて見ているという不作為は許されないと思います」
プロジェクトチームは今後毎週、有識者からのヒアリングを重ねていく方針で、GW後には一定の方向性を提言という形で取りまとめることを目指すという。子供たちを守るために一刻の猶予もないこの問題を、政治が責任をもって推進していけるか、議論の推移を今後も注視しお伝えしていきたい。
(フジテレビ政治部 杉山和希)