「好意に対する好意」

”quid pro quo"という言葉が、先週米国のマスコミを賑わせた。
ラテン語で「好意に対する好意」という意味だそうで、今では「見返り」などという場合に使われる。トランプ大統領が凍結されているウクライナへの資金援助4億ドル(約440億円)を実施する「見返り」に、バイデン前副大統領の疑惑を調査するよう電話会談で圧力をかけたのではないかという嫌疑でこの言葉が使われたのだ。
そのトランプ大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の今年7月25日の電話会談のやりとりがホワイトハウスから公表されたが、この中でトランプ大統領は「ところで一つお願いがあるのだが」と前置きした後こう言っている。

「今バイデンの息子をめぐっていろいろと取りざたされている。バイデンが(息子への)捜査を止めたことなど多くの米国人が知りたがっている。ぜひ(米国の)司法長官に協力してもらいたい。バイデンは捜査を止めたことを自慢して回っている。おぞましい話だが、もし分かったら教えてほしい」

電話会談は30分行われたが、この中でトランプ大統領は一言もウクライナへの軍事資金援助については触れていない。
この電話記録が公表されると、米国のマスコミ上から”quid pro quo"という言葉が消え、代わりに「弾劾」という言葉が使われ始めた。
合衆国憲法では下院に「弾劾」を訴追する条件として「反逆罪、収賄罪、またはその他の重罪及び軽罪」とある。もしトランプ大統領が軍事資金援助の「見返り」にバイデン氏の調査を依頼していたのであれば「贈賄罪」が適用できるかもしれないが、そうでない今、何の罪で訴追されるのだろうか。

合衆国憲法の「大統領の義務」
逆に合衆国憲法には第2条第3節に「大統領の義務」という条項があり「大統領は、法律が忠実に執行されることに留意し・・・」と定めている。
この条項に従えば、前副大統領で次期大統領選に立候補を表明しているバイデン氏が、現職時代にウクライナへの10億ドル(約1100億円)の援助の「見返り」にウクライナの検事総長を解任させ、息子に迫った捜査を回避させたことを調査するのは憲法上の義務だと主張する米国の憲法学者もいる。
バイデン氏の次男のハンター氏は、当時ウクライナのエネルギー会社「ブリスマ」の役員をして月額5万ドル(550万円)の報酬を得ていた。しかし検事総長が「プリスマ」社の汚職疑惑を追求し、ハンター氏も事情聴取を受ける予定だったとされる。
その検事総長を解任させたことについてバイデン氏は悪びれもせず、退任後の去年1月にニューヨークの外交問題評議会での会合で次のように語っている。
「その時、プロシェンコ大統領(当時)に対して言ってやったんだ。私はあと6時間で帰るよ。それまでに検事総長をクビにしなければ、君らは10億ドルを手にすることはできないよとね。そしたらサンノバビッチ(あの野郎)はクビになったんだ」
バイデン氏が得意そうに語る様子は今ビデオで何回も再生されているが、これこそが”quid pro quo"ではないのか。

弾劾問題のダメージはどちらに?
トランプ大統領に対する「ウクライナ疑惑」は民主党が下院で弾劾の訴追を強行する構えだが、それに基づいて裁判をする上院は共和党が多数で弾劾判決に必要な3分の2の賛成を得る可能性は低い。
弾劾問題が長引けば長引くほどダメージを受けるのはトランプ大統領よりもバイデン氏のように思えるのだが。

