医療過疎地の救命ICU看護師

「私たち救命に携わる者が放棄しちゃったら患者さんがどうなってしまうのか・・・。この地域の医療を担っている以上はどうしても、辞めるという気にはならないんです。」

東京都荒川区にある東京女子医大東医療センター。ここの救命救急センターICUで陣頭指揮を執る主任看護師の赤池麻奈美さんは少しだけ考えて、静かにこう言った。穏やかな赤池看護師の顔から一瞬、笑みが消える。

インタビューに答える赤池麻奈美看護師
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ここには新型コロナ患者がひっきりなしに運ばれてくる。しかも最重症の患者だ。

救命ICUは現在17床体制で運用。そのうち重症新型コロナ患者を収容できる陰圧装置を備えたビニールテントを6床作った。他に陰圧室など個室が2室。救命ICUでは患者2人に対して看護師1人、「2対1体制」を取らなくてはならない。当然重症コロナ患者だけでなく、救急車で運ばれてくるほかの重症患者にも対応する。

重症コロナ患者を受け入れるため救命ICUに透明のビニールで覆うことができる病床が作られた

赤池看護師:
「忙しいです。救命ICUに最重症コロナ患者を受け入れ始めたのが4月からだから、もう9か月ですね。長いです。」

12月24日現在、3人の重症コロナ患者の看護をしている。

現在、都内の救命救急センターは26機関。地区ごと、方面で別れていてこの東医療センターは荒川区、足立区、葛飾区の3区を担う唯一の救命救急センターだ。

赤池看護師:
「医療過疎地です。130万人くらいの人口がいる地域の、最重症と言われる人たちがすべてここに運ばれてきます。本院のある新宿区では本院も含めて3つの救命救急センターがあります。しかも新宿区は昼間人口が多いですが都市部なので夜は人が減ります。ここには夜も人口が減らないので、本院の6倍くらいの3次救急(最重症)の患者さんが来るんです。」

救命ICUスタッフステーション 24時間体制で医師・看護師が重症患者を受け入れる

「やってもやっても・・・・無力感」

ただでさえ忙しい東医療センターの救命ICUに新型コロナの患者が初めて来たのが4月1日だった。

赤池看護師:
「人工呼吸器や体外式膜型人工肺(ECMO)、人工透析、それに大動脈にバルーンを入れて心臓の動きを助ける治療など、ありとあらゆる治療をやりました。でも、2週間ほどで亡くなってしまいました。あの頃、重症患者さんが続けて亡くなりました。やってもやっても・・・この先、コロナの患者さんを救えることがあるのかと、そんな無力感でいっぱいでした。」

私が赤池さんを知ったのはある知人から見せられた赤池さんからのLINEがきっかけだった。

この知人は何年も前、突如意識不明に陥り周囲は皆死を覚悟した。しかし脳低温療法でなんとか一命をとりとめる。この21日間にも及ぶICUでの治療中、的確かつ献身的に看護したのが赤池看護師だった。それ以来ずいぶん年下の赤池さんだが「命の恩人」と呼んでいる。

看護師という職に誇りを持ち、救急看護認定看護師の資格まで持つ赤池看護師からの珍しく気弱な文面が気がかりだと言う。

赤池さんから知人へのLINE

「報道のことではお騒がせしました。現場で働いている者としては複雑な思いです。今は主任としてスタッフの気持ちを何とか受け止めている状況です。患者さんやご家族のことを想うと今も涙が出ます。ECMO(エクモ)を使っても救えない命ばかりでした。家族以外との外食は全面禁止でストレスも相当です。毎日全力で働いております、が、もう心身ともに疲弊しております・・・」

東京女子医大と言えば、今年6月、コロナ禍の緊急事態宣言中に『看護師ボーナスゼロか』だとか『看護師400人の大量退職か』というニュースが踊っていたっけ、と思い出した。

東京女子医大だけでなく、そのころから医療従事者の負担が問題視されていたし、多くの病院で従事者の待遇が働きに見合わないことも取りざたされている。その救命救急センターの最前線で重症コロナ対応をしている看護師のリーダーとはどんな人だろう、私は直接話を聞いてみたくなった。

「彼女のような人が弱音を吐くなんて、これはただ事じゃないよ。」

そうなのか、医療現場はもう本当にかなりまずい状況なのかもしれない。コロナが病である以上、医療現場に頼るしかなく、「医療体制逼迫」をニュースでは知っていても私たちはどうしたらいいのかわからない。

「もうずっと頑張っているのに・・・精神的に追い詰められていました」

私は赤池看護師を紹介してもらうことにした。

JR田端駅から東京女子医大東医療センターを目指す。山手線の駅なのにちょっと歩くと店舗はまばらになり、民家が多くなってくる。新宿区の大きな東京女子医大(本院)は知っていたが、荒川区に東医療センターがあるのを知らなかった。

細い道に沿って住宅や個人商店が立ち並ぶその一角に東医療センターはあった。

東京女子医大東医療センター正面入り口

赤池看護師は病院入り口で待っていてくれた。この寒いのに半袖の制服だ。「駅から遠くありませんでしたか」にこにこと、気さくな女性だった。

案内されて病院内を通る。外来の待合所には多くの人がいて、高齢者がかなり多い。

感染拡大当初、コロナ患者の家族はこのテントで待機した 院内には入れない

赤池看護師:
「そうなんです。ホント、下町の病院という感じで大学病院って感じがしないですよね。」

一般コロナ病棟と、最重症コロナ患者用病床が設置された地域密着型でもある病院。

外の中庭に張られたテントが寒々しい。感染拡大当初はコロナ患者の家族が待機するためのテントだったそうだ。家族は感染の可能性があるので院内には入れない。取材時には、病院の横の駐車場にも2張りの巨大テントが張られていた。熱のある外来患者はこちらでPCR検査を受けていたという。PCR検査用に12月中旬からはテントではなくプレハブが設置された。

発熱外来患者がPCR検査を受けていたテント  駐車場スペースに設置してあった

赤池看護師:
「夏、冷房機器が置かれるまでは中での作業は暑すぎて大変だったみたいです。」

むき出しの冷風管を指さしながら教えてくれた。

そうか、季節はもうすっかり変わったんだな、そう改めて思いながらこの10か月を振り返る。新型コロナ感染が広がって以降、多くのものごとが変わらざるを得なかった。社会も、病院も、私たちも。多くの我慢と制約と不安に、時として腹を立ててしまう自分がいる。

新型コロナ最前線の看護師だって、同じ人間のひとりだ。しかし医療に携わらないほとんどの人に「頼られ続ける」状況に、何を思うのか。

赤池看護師:
「5月とか6月の緊急事態宣言のとき、友達とか知り合いがみんな『頑張って』って、言うんです。でも、もうずっと頑張ってるのに、これ以上何を頑張るというのか。すごくイライラしてしまった時がありました。」

これまで冷静に答えていた赤池看護師がふと目を落とす。

重症患者を救えなかった日々。ECMOを付けても駄目だった。今どういう段階にいるのか、誰にも分からない。治療薬もない。不安だけが病棟を包んだ。赤池看護師は東京DMAT(災害派遣医療チーム)の一員として東日本大震災でも被災地に赴いた救命救急看護のプロ中のプロだ。その彼女が、「ちょっとまずい状態だった」と自身を振り返る。

赤池看護師:
「自分への感染の危険より、未知のウイルスとどう闘っていいのか分からず、慄いていました。なにかとても大きな、得体の知れないもののようにも感じられました。」

心配して毎日のように連絡を寄越す両親にもこの時期、冷たくしてしまった。LINEの返信にもいつものような絵文字は入れない。そんな気持ちになれない。感染対策は十分しているから心配しないで。それだけ伝えるのが精いっぱい。どこにも出かけられない休みの日はひたすら写経や習字をしていた。

辞めた部下はいないが、泣いているのを辛い思いで見ていた。

この扉の先でひとつでも多くの命を救う治療が行われている」

自分にしかできないことに黙々と向き合う

コロナ患者をケアする救命ICU看護師は日に何度も防護服の着脱をする。

一日8回から14回の着脱。作業によっては汗だくになることも

日勤で平均8回前後、夜勤で14回前後だ。1度着るのに約3分かかる。

一度着るのに約3分を要する防護服

自分たち看護師にしかできないことに黙々と向き合う。全身清拭、オムツ交換、痰の吸引、体位変換など。

人工呼吸器をつけている重症患者の口腔ケアも重要な日課だという。怠ると人工呼吸器関連肺炎の危険性がある。飛沫は怖くないのか、素人質問を投げた。

赤池看護師:
「そうですね。ケアの最中に水がシャッと飛んできたりしないよう注意しています。人工呼吸器の回路が外れるとエアが出てくるし、体の向きを変えるときに誤ってチューブが抜けちゃったりしないよう、とにかく気を付けなくてはいけないですね。」

でも、と赤池看護師が続ける。

赤池看護師:
「実は呼吸器ついている間は飛沫は飛ばない。一番危ないのは気管挿管と、管を抜く時です。電源を入れたまま抜くとエアの行き場がなくなってパーッと拡散してしまう。医師と事前に何度もシミュレーショして臨みます。」

救命ICUでは片時も気を抜くことはない

先日も重症だった患者の管を抜いた。抜いた後1時間、ひとりで患者の痰を取り続けた。その間患者を着替えさせたり、途中お通じもあったりで汗だくだ。

仕事とはいえ、1時間も同じ部屋にいることに不安はないのか。嫌だと思わないのか。

赤池看護師:
「嫌とか、言っていられないです。管が抜けること自体は患者さんにとってとてもいいことなのでむしろ、その瞬間に立ち会えて私は嬉しかった。」

その表情に迷いはない。愚かな質問をしてしまった自分を恥じる思いだった。

コロナ患者が少しでも良くなることに看護師として喜びを感じる。どんなことをしても治せないのでは―――そんな思いに押し潰されそうになっていたあの頃の経験があったからこそ、ひとしおのものなのだろう。

看護師長の下、救命ICU46人のチームを束ねる赤池主任看護師。晩御飯は食べない。疲れてへとへとになって寝る。朝はおにぎりを1つ買って病院で食べる。何があってもすぐに駆け付けられるよう、病院まで徒歩で通える場所に住んでいる。昼は食堂で大盛りのお弁当を作ってもらい救命ICUの休憩所で食べるのが日常だ。ほんの少し、ほっとできる時間。ディスタンスを保ちつつ看護師長や部下との控えめな会話に、ようやく笑みがこぼれた。

つかの間の休息 小林看護師長、部下の篠原美紀看護師

部下の篠原美紀看護師はこう語る。ICU看護師歴9年目だ。

篠原看護師:
「赤池さんは、時に厳しい指導もありますが、問題解決のために冷静に考えてくれます。コロナ患者さんのケアは正直怖いと思った時もありましたが、赤池さんはじめ一緒に働くメンバーに恵まれていると感じますので、辞める気にはならないんです。GoToトラベルとかイートですか?そうですね、友人のSNSとか見ると楽しそうで、単純に、羨ましいなとは思います。私たちはずっと自粛していますので。病院には現実があります。患者さんのご家族が面会できない辛い状態などで自分たちにどんなことができるのか、いつも考えています。」

赤池看護師ももちろん病院外ではほとんど誰とも会わない生活を続けている。気晴らしはショッピングだったがそれも自制している。

赤池看護師:
「ある時ネットショッピングで化粧品を買ってみましたが、クリームだけがポンと届いて、心は満たされませんでした。店員さんと話したりするのが好きだから。」

人が好きなのだ。それだけに人との繋がりをあえて断っている今は辛い。家族ともしばらく会えていない。

赤池さんの70代のご両親は静岡県沼津市に住んでいる。田舎ゆえ、世間体を気にして娘は帰省を遠慮する。

赤池さんは取材の最中、両親に優しくできない時期があったことを気にしていた。気づいていただろうか、申し訳ないことをした、と。

ご両親に電話で話を聞くことができた。

赤池さんの母:
「気づいていました。ある時、帰りたい、お母さんのごはんを食べたいと言っていましたから。普段弱音を吐かない子ですから、精神的に追い詰められていたのだろうと思っていました。」こう語るのは母・妙子さんだ。

一方、父・一彦さんは、東京でひとりコロナの最前線で働く娘について「誇りです」ときっぱり言った。

赤池さんの父:
「ひとりの女性として人間として尊敬し、信頼しています。本当によくやっていると思います。乗りかかった船ですから責任を全うして自分が納得する仕事をしてほしい。自信を持ってやってくれ、そう言いたいですね。」

こう男親らしく励ます父一彦さんの横から、母妙子さんが被せてくる。

赤池さんの母:
「あら、私は逆。いつでも、本当にいつでも辞めて帰ってらっしゃい。行き詰ったらいつでも抱き留めてあげるからね。お母さんはいつでも手を広げて待っているから。命より大切なものはないからね。」そう娘に伝えてほしいと言った。

このご両親に育てられ看護師となった赤池麻奈美さんは、今日も、明日も、東京の一角で最重症コロナ患者と向き合っている。

全国にはこのような「赤池看護師」が数多いて、このような人たちに支えられて今の医療はぎりぎりの体制を保てているのだろう。

多くの医療者がコロナ禍の医療を支えている

インタビューの最後に赤池看護師に、あの、知人へのLINEでの憤りについて思いを聞いた。

赤池看護師:
「都や荒川区からコロナ対応医療従事者のための慰労金や給付金が出るのは有難いです。自分たちの働きを認めてくれていると実感できるからです。女子医大のことは、色々思うことはあります。でも待遇がどうであれ、世間がどう思っていても、患者さんの前では自分たちのやることは変わらない。経済を動かすことはもちろん大事で、自殺者も増えていることも辛いけど、看護師としてはコロナという病気にかかって亡くなる人が一人でも減ってほしいと思うんです。明らかに状況が悪化していることを現場では感じるのに、世間とのギャップを感じずにはいられません。同じことの繰り返し・・・私たちが助けてもまた重症者が発生してしまうこのループがいつまで続くのか。報われない気がしてきてしまって、つい聞いてもらいたくなりました。」

今私たちにできること、それは私たち1人ひとりが精いっぱい気を付けることしかないのだと思う。政府とか、自治体とか、会社に言われることを鵜呑みにするのではなく、それぞれの事情があり、大人なのだから、気を付け方は自分で考えるほかない。

医療従事者にだって彼女、彼らの生活があるのは言うまでもない。一体いつまで彼女たちを、彼らを踏ん張らせればよいのか。医療者の使命感にすがっているだけではいけないと強く思う。

各地で医療提供体制が逼迫していると伝えられている。体制だけでなく、彼女彼らの心だって、もうぎりぎりなのだ、そう痛感する取材だった。

赤池看護師に話を聞く島田彩夏アナウンサー

赤池麻奈美看護師から、元日を除いて年末年始も通常通り働くと連絡があった。

赤池看護師:
「大変?そうですね。でもやはり今のこの第3波の状況で、救命に慣れている私たちにしかやれないことがあるし、やらなくてはならないと思う。それが誇りであり、責任であり、それが私たちを奮い立たせていると感じますから。」

【執筆:フジテレビ アナウンサー 島田彩夏】
【撮影協力:東京女子医大東医療センター 永澤敏光氏】