世界が変わった2020年

この記事の画像(9枚)

激動の令和2年がまもなく終わろうとしている。例年であれば、忘年会シーズン本番。クリスマス商戦がメディアで取り上げられるなど師走らしいニュースに多く接するが、今年はその景色が一変した。そして、我々が日々取材活動を行う永田町周辺にも、言いようのない「不穏な空気」が充満している。この正体は一体何なのか。

9月に発足した菅政権は、「国民が当たり前と思える政治」を標榜し、前例主義の打破や規制改革を旗印にロケットスタートを飾ったかに見えたが、政権発足後のいわゆるご祝儀期間は終わり、いまは支持率の急落に直面している。その政権への逆風は、来年10月までに行われる見通しの解散総選挙の行方にも影響を与えている。これらすべての根源は無論、未曽有の危機とも言うべき、新型コロナウイルスだ。

8月に持病の悪化を理由に電撃的に辞任した安倍前首相は、道半ばで菅首相に道を譲る形になったが、新型コロナウイルスは、安倍前首相の政権運営にも大きな影響を与えた。得意の外交や機動的な政策の打ち出しが、コロナによって大きく制約を受け、安倍前首相のマインドに何かしらの影響を与えてしまったと見てよいだろう。それがストレスの一因となり、持病にも悪影響を与えてしまったというのが多くの関係者が指摘するところである。

そして、菅政権も今、GoToトラベルの一時利用停止の判断など、新型コロナウイルスに翻弄され続けている。安倍政権が終わり、菅政権が誕生するまでの舞台裏を振り返りつつ「コロナに打ち勝つための政治とは何なのか」を考察する。

最長政権を直撃した「コロナ禍」と安倍首相の「苦悩」

安倍前首相は今年の在任時、8月28日に辞意表明会見をするまでに、全国に緊急事態宣言を出す際など、コロナ対応に関する記者会見を計9回行った。そして、6月の通常国会閉幕にあわせて行った記者会見では、任期中の解散総選挙について、次のように述べている。

「新型コロナウイルス感染症対策に全力を尽くしている中にあって、頭の片隅にもありませんが、様々な課題に真正面から取り組んでいく中で、国民の信を問うべき時が来れば躊躇なく解散する、解散を断行する考えに変わりはありません」

衆院選を自らの手で行う考えに変わりがないことを強調した安倍首相だったが、そのわずか2カ月後の8月24日、連続在職日数が単独歴代最長になったことへの所感を聞かれた際には、記録達成への高揚感はなく、声にも張りがなくなっていた。

「今日は先週の検査の結果を詳しくお伺いし、そしてまた、追加的な検査を行いました。体調管理に万全を期して、これからも、これからまた仕事に頑張りたいと思います」

「これからも」と言いかけて「これからまた」と言い直した安倍首相は、この時すでに、辞任する意向を固めていた。安倍首相はこの日、東京・信濃町にある慶応大学病院で8月二度目の検査を受けていた。8月に入ってから、以前より歩く速度が遅くなり、声にも張りがなくなっていたことは、衆目の一致するところで、面会した多くの人が、「会議中も上の空で話を聞いている」「食事が思うように喉を通らないようだ」と首相の体調を心配していた。ただ、それが重篤なものなのか、あるいは疲労の蓄積によるものかなど、様々な憶測が飛び交うが、確定的な情報は掴めずにいた。中には、首相官邸で吐血したのではないかという情報も流れたが、安倍首相の周辺は当時をこう振り返ってこう語った。

「吐血したことは一度もないが、7月頃から体調が急激に悪化していったのは間違いない。それを周囲に悟られないようにするのが大変だった」

別の関係者は、「慶応病院で検査を受けたところ、持病の潰瘍性大腸炎の数値がとても悪くなっていた。だから、これまでと違う治療法を試す必要があった」と明かす。安倍首相は7月頃から体調が悪化していったが、自民党議員との夜の会食など、あらかじめ決まっていた日程はキャンセルせずに出席していた。安倍首相の体調不良については、一部の側近しか知らされていなかった。安倍首相の周辺はこう語る。

「毎日のように色んなところから『総理の体調はどうなのか?』と聞かれたが、首相の健康状態は国家の最高機密。知っていても何も答えることはできなかった」

安倍首相は、2007年の第一次政権の時に、代表質問が行われる衆院本会議の直前に突如辞任したことから、「政権を投げ出した」という痛烈な批判を浴びた。その時の苦い経験があったため、7年8カ月の間、体調管理に万全を期して政権運営に当たってきたが、新型コロナへの対応に追われるなかで、徐々にストレスを溜めていくことになる。そして、政権運営を万全な体調で行えないと判断し、水面下で“次の総理総裁”へのバトンタッチに向けた準備を進めることになる。周辺によると、少なくとも8月早々から退陣に向けた準備を密かに進めていたという。

安倍首相が近く記者会見へ…憶測がさらに広がる

健康不安説がくすぶり続けるなか、安倍首相が前述の歴代最長在任を達成した8月24日、FNNは次のようなニュースを報じた。

「安倍首相が近く、今後の新型コロナウイルスへの対応と、自身の健康状態について説明するための記者会見を行うことを検討している」(8月24日「Live News Days」抜粋)

この放送の前提となる取材では、記者会見で安倍首相が来年夏の五輪開催に向けた対応を含む秋以降のコロナ対策を打ち出すという事実がまず得られたのだが、政府関係者から「どうもそれだけではないようだ」という気になる情報も寄せられていた。それが、「健康状態について説明する」という情報だった。ただし、「何を説明するかについては予断を持てない」ということだった。さらに、別の筋からはこんな情報も得られた。

「安倍首相の記者会見の前に、臨時閣議がセットされるようなのです。案件は不明です」(政府関係者)

これらの情報をまとめると、1「安倍首相が近く記者会見を行うことを検討」、2「記者会見の前に臨時閣議がセットされる可能性。案件は不明」、3「記者会見で自身の健康状態についても説明する」、大きくこの3つのピースをつなぎ合わせた場合に何が考えられるのか。見方は真っ二つに割れた。

取材を通じて多く指摘されたのが、安倍首相が8月28日に、秋以降の新型コロナ対策について説明する記者会見をセット。その場で健康状態についても説明した上で、続投するというものだった。政府高官が安倍首相の辞任説を「完全否定」していたことも要因の一つだ。

一方、首相臨時代理を置いたうえで当面治療に専念すると表明するのではないかという見方もあった。臨時代理を置く場合の順位は一位が麻生副総理兼財務相だ。ただ、これについては、臨時代理を置けば首相としての執務遂行能力がないと見なされ、求心力が一気に低下するとの懸念もあり、現実的ではないとの見方が大勢を占めた。

安倍首相が進退について言及か

情報が錯そうするなか、8月24日の週前半に我々がたどり着いた情報は次のようなものだ。

「閣議案件を了承した後の閣僚懇談会で、安倍首相が進退について言及する可能性がある」

この情報の重要なポイントは、安倍首相が健康状態について説明するだけでなく、進退についても言及する可能性があるということだ。進むか退くかの二択。しかし、進むのであれば進むとわざわざ言及する必要はないのではないか。政治部の取材現場の緊張感は一気に増した。しかし、表面的には時間が淡々と過ぎていく。そして、8月28日の当日を迎えた。

その日は、朝から情報番組や報道番組などが安倍首相の健康問題について取り上げていた。多くの番組が、「そのまま続投」「臨時代理を置いて治療に専念」「辞任」の可能性について議論していたが、一部の専門家が辞任の可能性に踏み込んでいた以外は、“なんからの形で続投するのではないか”という論調が多く見られた。事前にアナウンスされていた安倍首相のスケジュールは、午前に定例閣議、午後1時頃に新型コロナの対策本部、午後5時に記者会見。日頃の首相日程と比較して格段に少ない日程だった。

午前の閣議が終わったあと、事態は動き出した。定例の閣議終了後に麻生副総理がそのまま官邸に残り、安倍首相と面会した。面会後の麻生氏は記者団の問いかけに無言を貫いた。午後になって、安倍首相が二階幹事長と面会するため自民党本部を訪れるという情報が入った。対策本部が終わったあとの午後2時ごろ、確かに安倍首相は党本部に向かった。

内実としては、安倍首相の辞意は、8月28日の午前中に菅官房長官や麻生副総理などに“公式的に”伝えられた。首相の最側近とされる今井補佐官らは、夕刻の記者会見に向けた準備に追われていた。官邸では首相秘書官らにも内々に安倍首相の辞意が伝えられ、首相は自ら二階幹事長に辞意を伝えにいく。実はこの自民党本部訪問も、直前に決められたものではなく、少なくとも前日には段取りが組まれていた。そして、党本部に向かった直後、安倍首相辞意のニュース速報が流れることになる。首相周辺が夕刻の会見前の打合せの際、安倍首相にこう尋ねたという。

官邸スタッフ「記者会見は途中で休憩を挟みますか?立ちっぱなしで大丈夫ですか?」

安倍首相「大丈夫だ。休憩なしでやれる」

安倍首相は自らの引き際を8月28日と決め、それに向けて準備を進めていた。そこには、政権を投げ出したと批判された2007年の辞任劇の二の舞にしたくないとの強い決意があった。しかし、コロナの完全収束の兆しが見えないなかでの、苦渋の決断でもあった。

「病気と治療を抱え、体力が万全でないという苦痛の中、大切な政治判断を誤ること、結果を出せないことがあってはなりません。国民の皆様の負託に自信を持って応えられる状態でなくなった以上、総理大臣の地位にあり続けるべきではないと判断いたしました」(828日、安倍首相会見)

菅政権の誕生と新型コロナウイルスという因果

安倍首相の辞任表明により、後継を決める総裁選への時間的猶予は残されていなかった。新型コロナウイルスという敵が厳然として立ちはだかるなか、一刻の政治空白も許されない状況だった。菅官房長官は、自民党の二階幹事長らにいち早く出馬の意向を伝え、“後継はスガ”の流れを作り出した。表面的に見れば、菅官房長官は、安倍首相の辞意表明を受けて決断したということになるが、実際は、安倍首相の体調不良についてかなり早い段階から知らされていた。8月某日、菅氏が総裁選出馬への準備を密かに進めていたことを周辺が明かしている。

「菅氏は『近く自民党総裁選になる可能性がある。その時は一気にやる』と言っていた。これは自ら総裁選に出馬するんだなと感じた」(自民党関係者)

この時、菅官房長官の念頭にあったのは、このコロナ禍による国難と言うべき時に、安倍首相がその任を離れざるを得ない場合、国のトップリーダーを担えるのは自分しかいないという決意でもあった。安倍首相の在任期間中、一貫して「全く考えていない」と言い続けてきた総理総裁へのドアが開いた瞬間だった。石破元幹事長、岸田政調会長が名乗りを上げた三つ巴の総裁選は、地方票と議員票ともに菅氏が圧倒し勝利した。菅新首相は10月26日の所信表明演説で、次のように決意を述べた。

「6月下旬以降の全国的な感染拡大は減少に転じたものの、足元で新規陽性者数の減少は鈍化し、状況は予断を許しません。爆発的な感染は絶対に防ぎ、国民の命と健康を守り抜きます」

菅首相は、所信表明演説で、携帯電話料金の引き下げや不妊治療への保険適用、2050年カーボンニュートラルなど、いわゆる「スガ印」の政策を前に進める方針を示すとともに、GoToキャンペーンの意義についても強調した。

「(GoToで)延べ2500万人以上の方々が宿泊し、感染が判明したのは数十名です」

GoTo運用「全国で一時利用停止」を巡る混乱

所信表明演説で「爆発的な感染は絶対に防ぐ」「社会経済活動を再開して経済を回復する」と強調した菅首相だったが、秋から冬にかけて、全国で感染者数が過去最多を更新し続ける事態に直面した。そして、肝いりのGoToトラベルにも徐々に暗雲が立ち込める。政府は12月、「勝負の3週間」として感染拡大防止を国民に呼びかけたが、感染者の増加に歯止めがかからず、政府内でも危機感が広がっていった。首相周辺は当初一様に、「GoToを一律で停止することは絶対ない。経済を止めるわけにはいかない」と強調していたが、徐々にその方針は変わっていく。そうしたなかFNNは12月12日に次の内容を報じた。

「GoToトラベルの一時停止について、政府は、札幌市と大阪市の延長に加え、東京と名古屋市を新たに一時停止の対象とする方向で調整に入った」

政府関係者によると、対象地域の一時利用停止期間はいずれも12月25日頃までを想定しているとしていた。そして、国と東京都の小池知事らとの協議を経て、2日後の12月14日、菅首相は大きな決断をすることになる。

「(感染者が)3000人を超える中にあって、年末年始というのは集中的に対策を講じられる時期だという風に思いました。そうしたなかで、GoToトラベルを全国一旦は停止すべきであると決断を致しました」(12月14日、首相官邸)

菅首相はこの日、札幌市、東京都、名古屋市、大阪市の4自治体を目的とするGoToトラベル利用を12月27日まで一時停止し、28日から1月11日まで全国一斉に一時利用停止する方針を表明した。この決断の背景について、菅首相は周辺に対し、「12月13日に全国の感染者が3000人を超えたことが決め手になった」と語った上で次のように説明した。

「東京などの一時停止で感染が収まるような生やさしい状況ではない。今、全国でやるしかない」

「経済のためにGoToが必要だと伝えても、それが届かなかった」

菅首相は、世論に配慮した苦渋の決断だったことも明かしている。その世論という中には、最近の内閣支持率の下落という要因も含まれているとみられる。政府関係者は「政権の新型コロナ対策が評価されていないことが大きな要因だ」と指摘する。

令和3年は菅政権にとって「勝負の年」

来年10月には衆議院議員の任期切れを迎える。菅首相は任期満了までに解散総選挙を行う方針だが、その時期については不透明感が増している。臨時国会の閉会間際には、安倍前首相が主催した「桜を見る会」の前夜祭を巡る問題、菅首相に近い吉川元農水相の「政治とカネ」の問題など、自公政権にとってマイナス材料が噴出した。

これにより、年明けの1月解散は事実上封印され、来年度予算が成立したあとの春以降に照準をあてることになるが、夏は東京都議会議員選挙やオリンピックが控えている。自民党幹部は「10月の任期満了に限りなく近い時期の選挙になるだろう」と指摘するが、仮に秋ごろの選挙だとしても、「いまの支持率のままでは不安だ」という声が自民党の若手議員から聞かれる。

「ワクチンが供給されれば、局面は大きく変わる」(閣僚の一人)

たしかにワクチン供給がいつになるのかというのは大きな要素になり得るが、「後手後手すぎる」と野党などから批判されている「当面の政府のコロナ対応」が、政権浮揚のための大きな要因であることは間違いない。

政府・与党内には、菅首相がGoToをめぐって大きな方針変更に舵を切ったことを評価する声がある一方、「首相に耳障りの悪い話を具申する人間が周囲にいないから、対応が後手になる。みんなで菅首相に忖度してどうする」(与党幹部)と、“政権の構造”そのものを不安視する声もある。また、「首相の発信が足りない」と指摘する声も多く聞かれるが、もともと口下手な菅首相が突如饒舌になるとは思えない。節目節目に記者会見の場を設けるなど、機会の増加はもちろんではあるが、「政権全体の発信力」も今問われている。

「もっと喧嘩しろ!」菅政権へのアドバイス

カギを握るのは菅首相の女房役である加藤官房長官の今後の手腕とみられる。9月の組閣人事でも最大の焦点は官房長官人事だった。梶山経済産業大臣や自民党の森山国対委員長、加藤厚生労働大臣の3人の名前が浮上するなか、FNNは、組閣前日の9月15日昼頃、官房長官に加藤氏の起用が固まったと報じた。菅官房長官のもとで官房副長官も経験し、閣僚や党の要職を歴任した実績を評価した起用だった。官僚出身の加藤長官は、答弁の手堅さが評価されている。ただ、菅首相が饒舌に語れない面を丁寧にフォローし、政府としての適切なアナウンスメントを担う官房長官としては、発信力や総合調整力がやや不足しているという指摘がある。安倍前首相は以前、菅首相についてこう言及していた。

菅総理には菅官房長官がいないという問題がある」(月刊『Hanada』9月号)

安倍前首相の指摘は、いまの官邸にどう当てはまるのか意見が分かれるところだが、菅首相が加藤長官にどのような役割を期待しているのかということへの評価にもよるだろう。その功罪も含め「官邸一強」と言われた第二次安倍政権だったが、安倍氏の周辺はいまの菅政権に対し「もっと喧嘩しろ」とアドバイスする。

「何でもかんでも安倍さんが一人で決めていたわけではないし、俺たち、しょっちゅう安倍さんと怒鳴りあいの喧嘩をしていましたよ。安倍さんと意見が違って、こっちがブチ切れて部屋を出ようとしたら、安倍さんから『おい、まだ話が終わってないぞ!』と呼び戻されたこともありましたしね。安倍さんと菅さんの考えが違うことだってたくさんありました。でも、喧嘩したって最後はまとまるもんです。たとえ総理大臣が相手でも、誰かがちゃんと意見しなきゃねぇ」

未曾有のコロナ禍に打ち勝つ政治を行うためには、政権中枢の内部で喧嘩するくらいの活発な議論が必要だという指摘だ。

菅政権はまだ発足して3カ月あまりだが、国民の多くが感染抑止と雇用や経済の復活の「結果」を求めてやまない。“発信力”や“政権の構造”など、様々な課題が指摘されるなか、菅首相は政権をどう立て直し、衆院選に向けてどのような手を打っていくのか。野党は、来年の通常国会で、新型コロナウイルスに対する政府の対応や、「桜を見る会」の前夜祭問題など、政府与党の姿勢を冒頭から厳しく追及する方針だ。衆院選を控える来年は、与野党の攻防がより激しさを増すだろう。令和3年も政治の動きをしっかり見ていきたい。

(フジテレビ政治部)