「キムチバトル」勃発

押しも押されぬ韓国の名産品「キムチ」は、欧米やアジア、オーストラリアなど世界の80以上の国と地域に輸出されていて、最大の相手国・日本は、2019年およそ1万6000トンを輸入している。いわずもがなその用途は多岐にわたり、本格的な冬シーズンが到来した今はキムチチゲなどで体を暖めたいという人も多いであろう。

その魅惑の食品をめぐり、先日、中国と韓国の間で熱いバトルが勃発した。

ことの発端は11月のこと。中国・四川省の中央部に位置する眉山市が「泡菜(パオツァイ)」と呼ばれる地元特産の食品について、国際標準化機構(以下、「ISO」)の承認を受け、国際的な食品規格を制定したことだった。

『東坡泡菜』四川省眉山市政府公式SNSより
『東坡泡菜』四川省眉山市政府公式SNSより
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泡菜とは、ダイコンやニンジンなどの野菜を塩漬けにした中国の漬物。そもそも、韓国のキムチとは見た目も味も全くことなる食品だ。

中国メディアによると、眉山市は泡菜の発祥地とされ、その歴史は約4000年前から脈々と続いているという。名産の「東坡泡菜」の2020年1月~10月までの売り上げ高は160億元(日本円にして2500億円以上)を超えたとの報道もあり、地元では「中国泡菜食品国際博覧会」と称するイベントが開かれるほどの力の入れようだ。

第12回中国泡菜食品国際博覧会 ・四川省眉山市政府公式SNSより
第12回中国泡菜食品国際博覧会 ・四川省眉山市政府公式SNSより

バトルの引き金は「泡菜宗主国の韓国」

そんな中国4000年の歴史的食品に国際規格が制定されたとあって、中国国営メディアの環球時報は11月28日に「中国が泡菜の国際基準を作った」と報道。その際に「泡菜宗主国の韓国には屈辱的」という見出しが掲載されたことが、今回のバトルの引き金となったのだ。

ではなぜこの記事の中で、突如、「宗主国・韓国」というワードが躍ったのか?

実は韓国のキムチ、中国では、「泡菜(パオツァイ)」と同じ発音・同じ漢字の単語に翻訳されている。実際に上海に住む人たちに「泡菜とはどんなものか?」と聞いてみると「キムチ」をイメージする人がかなり多い。そんな現状を知ってか知らでか、中国の国営メディアが「キムチの宗主国・韓国」をいわば“おちょくる”ような記事を掲載したというわけだ。

キムチフェスティバル(韓国・ソウル)
キムチフェスティバル(韓国・ソウル)

「文化泥棒だ」と批判する韓国

これに対して、キムチ宗主国・韓国のメディアも黙ってはいない。11月30日に中央日報が、「韓国のキムチを泡菜の一種と見なしてきた中国が、今回の国際規格を韓国産キムチの国際規格に変身させる論理を展開している」という趣旨の記事を掲載。

普段、「ソメイヨシノは韓国起源」「剣道は韓国で生まれた」など、日本文化等に対し「我が国が起源」と主張する韓国にとっては、いわば、そのお株を中国に奪われた格好だが、韓国のSNS上では「全くのナンセンス」「文化泥棒だ!」などといった中国を非難する声が相次いだ。

おりしも韓国では、2020年から11月22日が「キムチの日」として法定記念日となり、文在寅大統領夫妻も出席して記念式典が開かれたばかり。

その式典で、韓国の農林畜産食品相は「新型コロナウィルスの流行をきっかけにキムチをはじめとする発酵食品が免疫力増進に役立つことが知られるようになり、韓国のキムチに世界が注目している。・・(中略)・・これからも引き続き官民が協力して、キムチ宗主国の地位をさらに高めるために努力する」と力説していた。

そんな韓国政府は農林畜産食品省のホームページ上に「韓国のキムチにISOで承認された中国の泡菜の規格は適用されない」とする声明を掲載、まさに国をあげて徹底抗戦の構えを見せている。

韓国・農林畜産食品省のHPより
韓国・農林畜産食品省のHPより

10年前から虎視眈々と狙っていた「世界一流」

一方の中国政府はというと、この一件について外国メディアに質問された外務省の華春瑩報道官が「この問題のことをよく知らない」と答え、いわば素知らぬ顔。しかし、中国メディアの報道を過去にさかのぼって調べてみると、国際規格制定にむけて中国側が着々と動いてきた痕跡があった。

外務省の華春瑩報道官会見
外務省の華春瑩報道官会見

今から10年前の2010年1月のこと。当時、眉山市の農業局長が、地元の“泡菜“産業を発展させ、その文化を広めるための最終的な競争相手は韓国だと明示したうえで、将来的には味・ブランド・市場シェアの全てにおいて“韓国”を超えるだろうと述べている。

この年、眉山市は「国内唯一・世界一流」という目標を掲げ、地元産業発展の象徴として「中国泡菜城」と呼ばれる企業団地の建設に着手し、泡菜の集団生産体制を強化。

2012年には展覧面積2000㎡を有する国内最初の「泡菜博物館」を開館させて観光客などの誘因を図ったほか、2015年には「东坡泡菜」の「1000億元産業化計画」を打ち出した。さらに2017年には「东坡泡菜が世界へ向かう行動計画(2017—2021年)」を発表。中国側は、この10年の間に国の内から外へと着々と布石をうっていたのだ。

パオツァイ(四川省眉山市政府公式SNSより)
パオツァイ(四川省眉山市政府公式SNSより)

まだ今回の規格の詳細が見えていない中、韓国が敏感にならざるを得ない中国の「したたかさ」。

様々な分野で世界を席巻する中国は“キムチ”市場をも飲みこもうとしているのだろうか?

【執筆:FNN上海支局長 森雅章】

森雅章
森雅章

FNN上海支局長 20代・報道記者 30代・営業でセールスマン 40代で人生初海外駐在 趣味はフルマラソン出走