死刑を執行されたのに、死ななかった――米テネシー州で9月30日、女性死刑囚に薬物注射による死刑が執行されたが、致死量とされる薬物を2度投与されながら生き延びるという前例のない事態が起きた。
薬物投与による死刑執行が“失敗”
クリスタ・パイク死刑囚(50)は、1995年、18歳の時に交際相手の少年とともに、職業訓練施設で知り合った19歳の女性コリーン・スレマーさんを暴行、拷問の末に殺害したとして死刑判決を受けた。テネシー州で唯一の女性死刑囚である。
執行当日、刑務所職員は薬物のペントバルビタールを2度にわたって投与した。しかし、パイク死刑囚は死亡せず、重体のまま病院に搬送された。その後、意識を回復し、10月8日には歩けるまでになり、同死刑囚の弁護士によると既に退院して女性刑務所へ戻されたという。
この異例の「生還」を受け、米国内では再び死刑を執行すべきかどうかをめぐる議論が広がっている。
そこに一つのエピソードが加わった。パイク死刑囚は執行前、死刑囚に認められる「最後の食事」を辞退し、その費用20ドル(約3000円)をナッシュビルのホームレスの人々にピザを買うために使ってほしいと申し出ていたのだ。米誌Peopleが8日に報じたところによると、支援者たちはその願いを受けて募金を行い、85人以上にピザやコーヒー、サンドイッチなどを提供した。
パイク死刑囚自身、幼少期に虐待を受け、10代にはホームレス生活を経験していたという。支援団体は「テネシー州が彼女を処刑しようとしている時でさえ、クリスタは他人のことを考えていた」と訴え、さらに支援を呼びかけている。
もちろん、この善行によって過去の残虐な殺人が帳消しになるわけではない。しかし、死刑執行を生き延びた彼女を再び処刑することの是非が、改めて問われることになった。
「残虐で異常な刑罰」禁じる憲法修正第8条
弁護団はビル・リー州知事に対し、死刑を仮釈放なしの終身刑に減刑するよう求めている。その法的根拠として注目されているのが、米国憲法修正第8条である。
同条は「残虐で異常な刑罰」を禁じている。弁護団は執行前から、パイク死刑囚には血液疾患があり、静脈も細いため、薬物注射による執行は深刻な苦痛をもたらす危険があると警告していた。
実際、執行では何度も注射針が刺され、両腕に重い損傷が残ったとされる。こうした苦痛を経験した人物をもう一度死刑執行室に連れ戻すことは、修正第8条に違反するのではないかというのである。
「二重処罰の禁止」に違反する可能性
さらに法律専門家の間では、憲法修正第5条の適用を指摘する声も上がっている。
こちらは「二重の危険の禁止(double jeopardy) 」と呼ばれる規定で、同一の犯罪について二重に処罰されることを禁じている。フォーダム大学法科大学院のデボラ・デンノ教授は、AP通信の取材に対し、今回のケースでは二重処罰の禁止に違反する可能性があると指摘した。
州当局は予定された死刑執行の手順をすべて実施した。本人が死亡しなかったとはいえ、国家はすでに刑罰を執行したのだから、もう一度同じ刑罰を科すことは許されないのではないか、という論理だ。
“刑の執行は完了していない”という見方も
ただし、反対の見方もある。死刑判決は「死に至らせること」を命じたものであり、死亡していない以上、刑の執行は完了していないという考え方だ。
実は、米国ではこれに似た事件が過去にもあった。1946年、ルイジアナ州で17歳のウィリー・フランシス死刑囚が電気椅子による処刑を生き延びた。電気椅子の故障が原因だった。翌1947年、連邦最高裁判所は5対4の僅差で再執行を認め、フランシスは再び電気椅子にかけられ、死亡した。
しかし、今回の事件には決定的な違いがある。過去の薬物注射による執行失敗例では、静脈を確保できず、薬物投与そのものが始まらなかったケースがあった。ところがパイク死刑囚の場合、予定された薬物投与が実施されたにもかかわらず、生き延びたのである。
テキサス大学の死刑制度研究者ジョーダン・スタイカー教授は、ロサンゼルス・タイムズ紙に対し、州が再執行を試みれば「前例のない領域」に踏み込むことになるとの見方を示した。リー州知事はすでに年内の死刑執行をすべて停止し、今回の失敗について調査を命じている。裁判所も、注射器や点滴器具、通信記録などの証拠を保全するよう州当局に命令した。
もっとも、テネシー州法では死刑執行に失敗しても死刑判決自体は有効とされており、再執行が自動的に禁止されるわけではない。それだけに、今後、州が再執行を求めれば、憲法修正第8条の「残虐な刑罰」と第5条の「二重処罰の禁止」をめぐって、連邦最高裁まで巻き込む憲法論争に発展する可能性がある。
国家は一人の人間を死なせるために、何度まで処刑を試みることが許されるのか。死刑執行を生き延びた一人の女性が、米国の司法制度に重い問いを突きつけている。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

