「大統領、あなたの移民取り締まりは一部で行き過ぎです」
ホワイトハウスを背に、テレビカメラをまっすぐ見つめながらドナルド・トランプ大統領にこう呼びかける女性が、いま米政界で注目を集めている。フロリダ州選出の下院議員、マリア・エルビラ・サラザール氏である。
といっても民主党の選挙広告ではない。トランプ氏自身が再選を支持している共和党現職議員が、自らのテレビ・コマーシャルで共和党大統領を30秒にわたって公然と批判したのである。
A Message to President Trump on Immigration | María Elvira Salazar pic.twitter.com/memcf4jags
— María Elvira Salazar 🇺🇸 (@MaElviraSalazar) September 17, 2026
サラザール氏はこう続ける。
「7月に拘束された5万人のうち50%には犯罪歴がありませんでした。移民政策について側近たちがあなたに何を進言しているのか、注意してください。2024年にあなたをホワイトハウスに送り返す力となったヒスパニック系の人々が、いまは裏切られたと感じています」
そして、こう訴える。
「あなたは移民問題で、リンカーンが奴隷制度に、レーガンが共産主義に対して果たしたような役割を果たすことができます。私は彼らに恩赦を与えろと言っているのではありません。この 『約束の地』で尊厳ある生活を送れるようにしてほしいと言っているのです」
共和党議員が自党の大統領をこれほど真正面から批判する選挙広告は異例である。
サラザール氏が動いた選挙区事情
では、なぜサラザール氏はそこまで踏み切ったのか。理由は彼女の選挙区を見れば分かる。
そのフロリダ州第27選挙区はマイアミ・デイド郡を中心とし、住民の74%がヒスパニック系だ。2024年大統領選ではトランプ氏が57%を獲得し、約15ポイント差で勝った。サラザール氏自身も20ポイントの大差で再選された。ところが今年は様相が違う。
民主党は、サラザール氏と同じキューバ系で、やはり地元テレビの人気ニュースキャスターだったエリオット・ロドリゲス氏を対抗馬に立てた。民主党陣営が8月末に実施した世論調査では、両候補が45%対45%で並んだと報じられている。「安全な共和党議席」だったはずの選挙区が揺らいでいるのである。
原因の一つとして指摘されているのが、トランプ政権の移民取り締まりだ。9月のReuters/Ipsos調査では、トランプ氏の移民政策を支持する人は39%。2025年1月の50%から大きく低下した。大統領全体の支持率も35%だった。つまり、サラザール氏の広告は、理念上の反乱というより、選挙区から聞こえてくる悲鳴をホワイトハウスへ届けたものとも言える。
共和党候補の間で広がる「トランプ離れ」
だが、異変はフロリダだけではない。11月3日の中間選挙を前に、共和党全体に強い逆風を示す数字が並び始めている。コーネル大学の政治学者ピーター・エンズ教授らの予測モデルでは、民主党が下院の過半数を獲得する確率は80%。予測議席は民主党226、共和党209となっている。
なぜ共和党は苦戦しているのか。各種世論調査や共和党候補自身の言動から浮かび上がるのは、物価、関税、移民政策、そして長期化するイラン戦争など、トランプ政権の内政・外交への有権者の不満である。
そこで共和党候補の間に、ある現象が起き始めた。ウォール・ストリート・ジャーナルはそれを「Tip-Toeing Away From Trump」と表現した。直訳すれば「トランプ氏からつま先立ちで、そっと離れる」とでもいうことだろう。
実際、メーン州のスーザン・コリンズ、カンザス州のロジャー・マーシャル両上院議員は、関税政策で大統領と距離を置いた。アイオワ州では、共和党のザック・ナン、マリアネット・ミラー=ミークス両下院議員が、これまでイラン戦争を支持してきたにもかかわらず、今月になって大統領の戦争権限を制限する決議に賛成した。
上院選を戦うアシュリー・ヒンソン下院議員も、当初は「上院でトランプ氏の最も強力な盟友になる」と宣言していたが、最近の広告では一転して民主党との超党派協力を強調している。
米ニュースサイト「ポリティコ」によれば、8月1日以降、激戦区の共和党候補が出した数百本のテレビ広告のうち、トランプ氏に言及した候補はわずか2人だったという。それまで共和党候補にとって最大の武器だった「トランプ」という名前が、選挙区によっては 逆に重荷になり始めたという意味だろう。
もっとも、トランプ氏から離れれば安全というほど話は単純ではない。共和党には、トランプ氏を支持するからこそ投票するMAGA層がいる。大統領と距離を取りすぎれば、今度はそうした支持者が投票所へ来なくなる危険がある。近づけば無党派層が逃げ、離れればMAGA票が逃げる。これがいま共和党候補が置かれているジレンマなのだ。
だからこそ、サラザール氏の行動が注目される。彼女の選挙区で活動する共和党ボランティアは、ヒスパニック票の共和党離れついて、サラザール氏は自身が「炭鉱のカナリア」であることを理解しているとポリティコに語った。炭鉱で有毒ガスを人間より先に察知するカナリアである。そのカナリアが鳴き始めた。
投票日は11月3日。選挙戦が最終盤に入る10月、世論調査でさらに共和党への逆風が強まれば、これまで「つま先立ち」でトランプ氏から離れていた共和党候補たちが、サラザール氏のように公然と大統領に異議を唱え始めるのだろうか。
「トランプ離れ」が雪崩になるのか。それが今回の中間選挙を読む、もう一つの焦点になってきた。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

