三冠馬3頭の争いはアーモンドアイが勝つ
日曜日に行われた、ジャパンカップ。
ゴール前はまさに激闘、三冠馬3頭の争いで幕を閉じた。
勝ったのはアーモンドアイ。
ここまでG1レースを8勝もしてきた名牝である。
彼女はこのレースで現役を引退することが発表されていた。
ゴールの瞬間、実は実況で何を喋ったかほとんど覚えていない。
業界でいうところの「予定稿」を全く作っていなかったのだ。
1番人気のアーモンドアイが勝ったのだから、そういったものを持って臨むべきとの考えもあるだろうが…。
そういうことはしないと決めている。
カッコつけて言っているわけではない。
ゴールのちょっと手前から用意したコメントを言い出すのは、なかなか難しいのだ。
美しい形容を並べ始めた途端に落馬することだってあり得るし、 後方から猛然と追い込んできた馬に交わされることだってあるかもしれない。
そんなわけで、上手いか下手かは別にして、そこに起きていることを喋ることに努めてきたつもりである。
勝つ馬に共通点はあるのか?
ところで私はミーハーである。
特に競馬において。
馬をこの目で見ること、会いに行くことに無上の価値を置いている。
だから競馬場へ行く。
トレセンに調教を見に行く。
牧場で馬を見る。
ジャパンカップの1週前は滋賀県栗東のトレーニングセンターへ。
三冠馬コントレイルに、同じく三冠牝馬のデアリングタクト。
コースを走る姿も見るが、その前後の歩きをずっと観察した。
競馬場で見るよりもずっと長い時間になる。
それが自分の財産になると信じている。
もっともそれで馬券が当たるかというと、そうではない。
以前、レースを勝ったばかりの馬にずっと視線を向けていると、その馬を生産した牧場の代表に声をかけられた。
勝つ馬の形にどこか共通点があるのかと思って、みたいなことを言った途端、一笑に付された。
そんなことが見分けられるなら、とうの昔にやっているよ。
ごもっともである。
アーモンドアイ最後の調教
レースが行われる週の水曜は茨城の美浦トレセンへ。
アーモンドアイがいよいよラストランへ最後の調教を行う朝。
その馬場入りを待つ間、管理する国枝栄調教師にふと話しかけた。
「先生(競馬界では調教師のことを先生と呼ぶ)はアーモンドアイに乗ったことがあるんですか?」
調教に跨る文字通りの調教師もいるにはいるが、国枝さんはもっぱら双眼鏡で各馬をくまなく観察するタイプ。
年齢も65歳。もっとも若き日はバリバリ乗っていた。
「そういえば、ないなあ…」まるで今言われて初めて気づいたかのような返事。
ラストランを終えれば厩舎から北海道の牧場へ出発、その意味では残された時間は限られていた。
国枝栄調教師との会話がまさか…?
そして日曜。
世紀の一戦、あるいは夢の対決などとメディアが盛り上げる。
自分は実況者として冷静に、冷静にと最後の準備にいそしんだ。
実況席から見る景色。
双眼鏡越しとはいえ、アーモンドアイが、コントレイルが、デアリングタクトが目の前をウォーミングアップで駆け出す。
ああ幸せ。
ファンファーレ。
フランスから参戦の“ウェイトゥパリス“がなかなかゲートに入らない。
その時間を、隣に座った元大騎手の岡部幸雄さんとの話に費やせる、幸せ。
レースは冒頭に書いた通り、展開は覚えているがこれを書いている時点では見直してもいず、とりあえず馬を見間違えたりすることなく喋り終えたつもりだ。
番組終了。
今度は地下の検量室に向かう。
表彰式を終えた国枝さんが記者に囲まれていた。
そこに耳を寄せてみると。
…乗ったんだよ。
あの会話から2日後、国枝さんはアーモンドアイに跨っていた!
私との会話がきっかけかどうかはともかく、でもなんだか嬉しくなった。
競馬は続いていく
そう、競馬に関しては馬もそうだが人にも興味津々な私。
競馬は馬が走るもの、馬が走るためには人が100%介在する。
その両者に触れてこそが競馬なのだ。
名牝アーモンドアイは引退する。
そして今度は母アーモンドアイの競走馬が競馬場にやってくる。
その時に私はきっと、敗れたが力を振り絞った2頭の三冠馬や、 国枝さんの表情を思い出すのだろう。
そうやって続いていくのが競馬。
来週も、どこかに必ず人と馬のドラマはある。
(フジテレビアナウンサー・福原直英)