深刻化する環境問題の解決のために、日常の消費行動を見直そうという動きが広がっている。今月17日の国会では、動物愛護の議論の中でビーガン(※)が取り上げられた。ビーガンといえば欧米が盛んだが、実は世界1位のビーガン・レストランは日本にある。小泉進次郎環境相も訪れるというビーガン和食のレストランを取材した。
(※)植物性食品のみを食べ、肉、魚、卵などすべての動物性食品を食べない完全菜食主義者
国会で取り上げられたビーガン・レストラン
この記事の画像(12枚)11月17日国会で小泉進次郎環境相は、動物虐待に関する質問に「いまフォアグラを食べないようにしている」と答えたうえで、最近訪れたビーガン・レストランについてこう語った。
「最近ある方からの紹介で、世界で1位に輝いたビーガンのレストランに行ったんですね。驚きましたね。本当に言われなかったら気づかない、焼鳥だと思ったらそうじゃなく、サラダの中に入っているチーズだと思って食べたらチーズじゃない」
そして小泉氏はこう続けた。
「完璧にはできませんが、やはり持続可能な社会、脱炭素化を目指すにあたって、自分の身の回りを変えていく。食のサプライチェーンに何が起きているのか、こういったことを考えていく。1つ1つできることから私も考えているところです」
小泉環境相が訪れたという世界1位のビーガン・レストランは都内にある。若者に人気の街、自由が丘の駅から歩いて数分の場所にあるビーガン和食レストラン「菜道(さいどう)」。2018年にオープンした18席のこの店は、なかなか予約が取れない。なぜならこの店は去年11月、世界中のビーガン・菜食主義者が利用するレストラン情報サイト「Happy Cow(ハッピーカウ)」で「世界1位のビーガン・レストラン」に認定されたからだ。
IT業界からビーガン・レストラン経営に転身
「菜道」を経営する株式会社Funfairの取締役・韓勇大さんは、ヤフー、eBayを経てレストラン経営者に転身した。その理由を韓さんはこう語る。
「もともとはイスラム教徒の友人が『日本のラーメンを食べたいけれど豚がダメなので残念だけど食べられない』というので、『なんか食べさせたいね』とハラル対応のインスタントラーメン『SAMURAI RAMEN(=侍ラーメン)』を開発したのがきっかけです」
侍ラーメンは2014年に発売後イスラム圏で注目されたが、韓さんの目は欧米に向いていた。
「欧米では環境問題とともにビーガニズムや菜食主義への関心が高まっていたので、より大きな市場が期待されるなと。そこでビーガンや菜食主義者を意識した新たなブランドとして『菜道』を始めたのです。ですから最初は環境問題に取り組もうとしたわけではありませんでしたね」(韓さん)
旅行者はコンビニおでんやラーメンを食べたい
「菜道」はその後日本を訪れる海外のビーガンや菜食主義者の人気ナンバーワン・レストランとなった。その理由を韓さんは「仮説が当たったおかげ」と明かす。
「海外の旅行者が日本で食べたいのは懐石や精進料理もありますが、やはり本当はコンビニのおでんやラーメンなどB級グルメ的な食事を求めていると仮説を立てたんです。そこで居酒屋のようなビーガンメニューを目指して地道にやっていたら世界1位となって、仮説は正しかったと思いましたね」
チーフシェフを務めている楠本勝三さんも、「菜道」に参加する前は自身が経営する和食店でハラルに取り組んでいた。
「2010年から都内の西麻布で会員制の和食店をやっていましたが、2015年頃お客様から『イスラム教徒の方を接待する機会が増えるから、食のタブーについて勉強してほしい』と頼まれてハラルを始めました。そうすると他のお客様から『ハラルができるならビーガンや菜食主義の対応も出来ませんか』となったのです」
精進料理を現代風アレンジしたビーガン和食
楠本さんにビーガンと和食の相性について聞いてみると、「そもそも和食には精進料理という文化がある」という。
「我々が日常的に食べている“がんもどき”は元々精進料理です。がんは鳥のつみれのことで、お坊さんが鳥のつみれの代わりに豆腐を丸めて揚げたんですね。『菜道』には鰻もどき料理があって外国の方にもすごく喜ばれるのですが、私の料理は精進料理を現代風にアレンジしたもので“上書き”している感じなのです」
とはいっても“上書き”だけでは外国人は満足しないと楠本さんは語る。
「欧米の方は精進料理の味では満足できません。精進の出汁は乾物や昆布、干し椎茸でとることが多いのですが、欧米では生の野菜で出汁をとるのです。ですから日本式の出汁に生野菜でとった出汁を掛け合わせて味のふくらみをだしていますね」
すべての人が同じテーブルで食事できる店を
「菜道」のコンセプトは「フード・ダイバーシティ(=食の多様性)」だ。
ビーガン・レストランでありながら、すべての人が同じテーブルで一緒に食事ができる店を目指している。楠本さんはいう。
「ビーガンの人だけをターゲットにすると、同じテーブルのビーガンでない人が我慢しなければいけない食事になってしまいます。それでは本当の意味でのフード・ダイバーシティが成立していません。ビーガンでない人も喜んでもらえるような味付けや工夫が必要だと思ってやっています」
だから「菜道」では環境問題を意識することはあまりしない。
「やはり飲食店なので環境問題を前面に出すと本末転倒な気がします。まず美味しいことがあって、なおかつ地球に優しいと。『地球に優しいから我慢してね』という料理を作るのはエゴの押しつけで、それこそサステナブルではなくなりますからね」(韓さん)
ビーガン和食は世界で勝負できる
「菜道」は今後海外進出しフランチャイズ展開する予定だという。出店の候補地として考えている都市は、ベルリン、ロンドン、アムステルダムだ。これらの中でも韓さんが「熱い」と思っているのはベルリンだ。
「アメリカのオレゴン州ポートランドがビーガンの聖地と呼ばれていますが、最近ではベルリンやワルシャワでビーガン人口が増えています。特にベルリンはITのスタートアップが集まっているので、人口の15%がビーガンか菜食主義者と言われています。ですからいま市場としてはベルリンが面白いかなと思っています」
とはいえ、果たしてビーガン和食は海外で受け入れられるのだろうか?
楠本さんは「和食こそ勝負ができる」と語る。
「日本には精進料理という伝統食があって、その中にいろいろな工夫があります。また、うま味を中心に味を構成する民族は日本人だけです。いま和食は世界中で喜ばれ、求められています。うま味を中心にした和食を作れば、世界中で競い負けすることはありません」
さらに和食で勝負をかける理由として楠本さんは、「実は日本国内で一番多いビーガン料理はハンバーガーです」という。
「しかしハンバーガーは世界中で食べることができます。とくにフードテック最先端のアメリカでは、巨額の投資をして“インポッシブルバーガー”や“ビヨンドミート”などの代替肉を科学的に開発しています。ですからこの土俵で勝負しても私たちは勝てません」
環境のために行動を変えるなら持続可能性がカギ
最後に韓さんに「自身はビーガンなのか」聞いてみた。
「僕はフレキシタリアンですね。フレキシブルとベジタリアンを掛け合わせたもので、肉も魚も柔軟に食べるけれど頻度は減らして、自分ができる範囲で積極的に菜食を選ぶ感じです。ビーガンの方向に1度行きましたが、日本では難しくて挫折しましたね」
環境のために消費行動の見直しをするのは大切だ。しかしそれが持続可能かどうかがさらに重要なことをこのレストランは教えてくれる。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】