北アルプスの最北端に位置する朝日岳。夏になると高山植物が一面に咲き誇り、訪れる登山者の目を楽しませる。その鞍部に建つ朝日小屋には、「厳しい」との噂が絶えない名物女将がいる。清水ゆかりさん、68歳。管理人を引き継いで26年、登山者に全力で向き合い続けてきた。「お客さんに何をしてあげられるのか、毎日考えている」。その言葉の裏に、山の小屋を守ることへの深い使命感が感じられる。


「午後3時まで」に込められた思い

朝日小屋は、富山県の地元山岳自然保護団体が所有する山小屋だ。どのルートを選んでも長く険しい行程で、最短とされる富山県側・北又ルートでも7時間を要する。標高差約1700メートルの急登が続き、深い森を抜け、鎖場も待ち構える。そのため小屋では、到着時間は「午後3時まで」と呼びかけている。
ある日、午後3時を過ぎても姿を見せない登山客がいた。ゆかりさんはピリピリとした表情で先行者からの目撃情報を集め、状況を確認し続けた。


「普通の旅館やホテルのように何時でも着いていい場所ではない。今日遅かったり、体調が悪かったりすると、それが明日の行動にも影響する」
「怒られる」という噂について問われると、ゆかりさんはきっぱりと答えた。「怒りはしませんけど、遅く到着したら、次の日またつらい思いをしなきゃならない」。その厳しさは、登山者の安全を第一に考えるがゆえの愛情だった。
山の上とは思えない彩り豊かな夕食

険しい道のりを経て小屋に辿り着いた登山者を待つのは、山の上とは思えないほど豊かな食事だ。ホタルイカや昆布締めなど、富山の食材を活かした料理が食卓を彩る。そして疲れた体に染み渡るのが、到着時のウエルカムドリンクだ。

「ウエルカムドリンクは、疲れて着いた登山客がパッと表情が変わる。その瞬間が嬉しい」とゆかりさん。


宿泊客からの声も温かい。「家庭的な小屋だと思う。他の小屋だとあまり言ってくれないようなことをちゃんと言ってくれたりする」「女将さんが本当に登山客に優しい。食前酒で乾杯とか、スタッフを労う言葉とか、お食事の紹介だとか、全てが感激で胸いっぱい」。厳しさと温かさが共存する空間が、リピーターを生み出している。
亡き父の遺志を胸に


朝日小屋の初代管理人は、ゆかりさんの亡き父・下澤三郎さんだった。ゆかりさんは父が営む朝日小屋の看板娘として育ち、山好きの父に導かれる形で管理人を引き継いだ。
「どなたか違う人に譲るという選択肢がなかった。自分がやろうと。まさかこんなに長くやると思わなかった」
そう語るゆかりさんには、忘れられない記憶がある。病室で父が最期に発した、言葉にならない言葉。「『う~うう』って(父が)言ったんですけど、私は『朝日小屋を頼む』って言われていると思っている」。その確信が、今日まで彼女を動かし続けてきた。

「もし父が生きていたら、それなりに頑張っていると言ってくれると思う。頑張ってやり抜きたい」
コロナ禍でも小屋を離れなかった理由
管理人として26年を歩んできたゆかりさんにも、苦しい時期があった。新型コロナウイルスの感染拡大だ。営業はできなかったが、それでも小屋に常駐し続けた。
「1シーズン何も手をかけないと草ボーボーになって、次の年に登山道を復活させるのは至難の業。誰もお客さんがいないのに小屋にいたという不思議な時間だった」

それでも、小屋をやめるという選択肢は頭になかった。「使命というか責任。ここの周辺を歩きたいという人がいる限り、営業をやめるわけにはいかない」。山と登山者への強い責任感が、彼女をその場所に繋ぎ止めた。
全力で叱り、全力で褒める

朝日小屋で働くスタッフの多くは、山小屋の仕事を初めて経験する人たちだ。ゆかりさんは打ち合わせや休憩の時間を大切にしながら、一人ひとりと向き合う。


「女将さんはなんでも全力。叱る時も全力だし、褒めてくれる時も全力。頑張った分だけ、労ってくれる」
「時には厳しくて、でも優しくて、お母さんみたいな人」

登山客にもスタッフにも、愛情を込めて全力で向き合う。それが名物女将・清水ゆかりさんの流儀だ。北アルプス最北部の山の上で、今日も彼女は誰かの笑顔のために考え続けている。「ここに泊まってよかった、楽しかったというのが一番大事」。その言葉に、26年分の思いが凝縮されている。
(富山テレビ放送)

