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大隈重信も訪れた「養浩館庭園」 福井藩主の別邸が戦後の荒廃から復活 インバウンド人気の観光地に|FNNプライムオンライン
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大隈重信も訪れた「養浩館庭園」 福井藩主の別邸が戦後の荒廃から復活 インバウンド人気の観光地に

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福井市中心部にある養浩館庭園は、アメリカの庭園専門誌で19年連続トップ10入りを果たす人気スポットだ。しかしその歴史をたどると、藩主と家来の“揉め事”に始まり、戦火による焼失、40年にわたる荒廃という波乱の道のりがあった。庭園はなぜ「復活」できたのか。福井市立郷土歴史博物館の学芸員・藤川明宏さんに聞いた。

“揉め事”から生まれた庭園

養浩館庭園は、福井駅から歩いて15分ほどの場所にある。大きな池を中心とした庭と屋敷が調和した空間で、街の喧騒から離れた落ち着いた雰囲気が漂う。

福井の街中にある養浩館庭園
福井の街中にある養浩館庭園
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庭園の始まりは江戸時代にさかのぼる。藤川さんによると、この一帯は元々、福井城北側の武家屋敷街の一部だった。

庭園は元々は福井城北側の武家屋敷街の一部だった
庭園は元々は福井城北側の武家屋敷街の一部だった

城下絵図を見ると「永見右衛門」という武士の名が記されており、この人物と2代目藩主・松平忠直との間で争いが起きたという。

2代目藩主と争った家臣の屋敷が取り上げられ「御泉水屋敷」と呼ばれる庭園に
2代目藩主と争った家臣の屋敷が取り上げられ「御泉水屋敷」と呼ばれる庭園に

結果として屋敷は取り上げられ、その後「御泉水屋敷」と呼ばれる庭園へと生まれ変わった。「始まりから結構ドラマがあるんです」と藤川さんは語る。

近くの通りには、かつての庭園名の名残が…
近くの通りには、かつての庭園名の名残が…

現在も庭園の近くの道に「御泉水通り」という名前が残っているのは、このためだ。

殿様の休息の地…迎賓館の役割も

庭園が現在とほぼ同じ形になったのは江戸時代中期のことだ。江戸時代に描かれた絵図と現在の庭を比べると、真ん中に大きな池、東側に屋敷という構造がほぼ一致している。

江戸時代の絵図と配置がほぼ一致
江戸時代の絵図と配置がほぼ一致

この庭園は何のために使われていたのか。藤川さんは「福井藩のお殿様が休息に来られる場所、そして福井藩にやって来た客人をもてなす迎賓館としても使われた」と説明する。

殿様が舟遊びをした痕跡
殿様が舟遊びをした痕跡

池の水を抜いたときにだけ現れる数本の杭が、その歴史をいまに伝えている。「藩主が舟遊びをしたときの舟着き場の痕跡ではないかと言われています」と藤川さん。

ここは、殿様が静かな池や庭園に癒やしを求めて訪れる休息の地だったのだ。

戦火と40年にわたる荒廃からの“復活”

明治時代に入り、松平春嶽がこの庭園を「養浩館」と名付けた。孟子の言葉「浩然の気を養う」に由来するとされ、大きな心持ちを育むことを意味する。

空襲で屋敷が焼け落ちてしまった
空襲で屋敷が焼け落ちてしまった

しかし昭和20年、空襲によって屋敷は焼け落ちてしまう。戦後に撮影された写真には、子供たちが庭園の池で無邪気に遊ぶ姿が映っている。藤川さんによると「40年間ぐらい整備されずに、あまり状態が良くない状態で続いていた」という。

国の名勝への指定が“復活”のきっかけだった
国の名勝への指定が“復活”のきっかけだった

復活のきっかけは昭和57年、国の名勝への指定だった。「建物は燃えてしまって、お庭の状態もあまり良くなかったけども、原型をしっかり保っていたので、江戸時代のお庭として素晴らしいということから、復元のプロジェクトが立ち上がった」というのだ。

大正時代に大隈重信が訪れた際の写真
大正時代に大隈重信が訪れた際の写真

復元において重要な役割を果たしたのが、大正時代に撮影された写真だ。早稲田大学を創設した大隈重信が東京から福井へやってきた際に撮影された一枚が残っていた。

焼失前の写真が残っていたのが復元の手掛かりになった
焼失前の写真が残っていたのが復元の手掛かりになった

「さらに昭和に入ってからも何回か調査があって、こういった写真がたくさん撮られていた。そうした写真から立面図を起こして復元することができた」と藤川さんは説明する。

1993年に復元が完了した
1993年に復元が完了した

壊れる前の姿が記録として残っていたことが、忠実な復元を可能にしたのだ。

復元が完了したのは約30年前、1993年のことだ。

「お殿様と同じ場所から同じ風景が見られる」

現在の養浩館庭園は、外国人観光客にも大人気だ。

インバウンド人気も高い
インバウンド人気も高い

アメリカの庭園専門誌では19年連続でトップ10入りを果たしており、地元の人々からは結婚式や成人式の前撮りスポットとしても親しまれている。

和装での撮影スポットしても人気
和装での撮影スポットしても人気

その魅力について、藤川さんはこう語る。「このお庭のいいところは、昔のお殿様と同じ場所から同じ風景が眺められるということ。これがやっぱり多くの人を惹きつけているんだと思います」。

“殿様”気分で庭を眺めてみては?
“殿様”気分で庭を眺めてみては?

誕生から400年。藩主の休息の場として生まれ、戦火で焼け、荒廃し、そして復活を遂げた庭園は、四季折々の自然を楽しめる街中のオアシスとして、多くの人を迎え入れている。

福井テレビ
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