新潟県柏崎市の日本海沿いに突如として現れた「トルコの街」を記憶している人はいるだろうか。1996年、“世界初のトルコ文化のテーマパーク”をうたって開園した「柏崎トルコ文化村」。異国情緒あふれるその施設は、なぜわずか8年で姿を消すことになったのか。その栄光と波乱の歴史を振り返る。
■45億円を投じた「世界初」のテーマパーク
1996年7月、柏崎市の海沿いに誕生した「柏崎トルコ文化村」は、約4万9000平方メートルの敷地に45億円を投じて建設された。園内には、イスタンブールの市場を模した「グランドバザール」が広がり、トルコ絨毯や陶器が所狭しと並んでいた。販売スタッフの多くはトルコ人で、本場さながらの雰囲気を醸し出していたという。
また、世界遺産カッパドキアをモチーフにした「洞窟ショーホール」ではベリーダンスが披露され、レストランでは世界三大料理の一つであるトルコ料理が提供された。園内を彩ったのは、トルコから運ばれた約2万枚もの美しい「イズニックタイル」。まさに、柏崎にいながらにしてトルコを体験できる空間だった。
■拡大路線から一転、波乱の結末へ
開園から2年後、客足の伸び悩みを解消すべく、30億円を追加投資して第二テーマパークの建設に踏み切る。実物大のトロイの木馬やノアの方舟をモチーフにした建物などが加わり、園の規模は倍近くに拡大した。中でも、トルコで型を取って制作された「アレキサンダー大王の石棺」の精巧なレプリカは、来園者から高い評価を得ていた。
しかし、この拡大路線の直後、予期せぬ事態が運営会社を襲う。第二テーマパークオープンからわずか3か月後、メインバンクであった新潟中央銀行が経営破綻。資金繰りが悪化したトルコ文化村は、事実上の営業休止に追い込まれる。その後、一度は再起を図ったものの、再び閉園。華やかなテーマパークは、その歴史に幕を下ろした。
わずか8年で消えた「柏崎トルコ文化村」だが、実は現在の柏崎市に、ある意外な形でその文化の「遺産」を残している。忽然と姿を消したトロイの木馬や豪華な施設は一体どうなったのか。そして、今も地域に根付くその遺産とは。
