今年4月、トヨタ自動車の社長に就任した近健太社長は、東北大学の出身で、宮城・仙台に縁があります。
震災後、復興のエンジンとなり被災地と向き合ってきたトヨタ自動車。仙台放送の単独インタビューに対して、近社長は、東北という地に、生産拠点という以上の「特別な思い」があると語りました。

言わずと知れた世界的自動車メーカー「トヨタ自動車」。関連会社を含め全世界でおよそ39万人が働き、去年1年間ではグループ全体で世界最多となる1132万台の車を販売。長く、世界の自動車産業を牽引してきました。

記者リポート
「日本が世界に誇る自動車メーカー・トヨタ自動車。そのトップに宮城・東北への想いを聞きます」

今年4月、トヨタ自動車のトップに就任した近健太社長(57)。1991年の入社後、本社の経理部門やグループ会社の最高財務責任者を歴任し、数字を通してものづくりの現場に携わってきました。

トヨタ自動車 近健太社長
「ものづくりの会社、お客さんに車を届けている会社なので、価値が生まれてくるのは現場だと思う。メンバーがしっかり働いていけるようにやっていくというのが、私にとっての1丁目1番地、私がやることだと思っている」

そんな近社長と宮城の縁が生まれたのは大学時代。仙台市青葉区の川内にキャンパスがある、東北大学経済学部に通い、大学4年間を仙台で過ごしました。

トヨタ自動車 近健太社長
「仙台の街は本当に好きで、レンタカーを借りて昔住んでいたところや、大学の周り、向山の方から霊屋橋、評定河原の方に坂を下りていくところから見える仙台の街ですね。すごく好きで、必ず行きます」

今回のインタビューに先立ち、東北大学の学生たちに、「先輩」の近社長に「聞きたいこと」を募集。すると、こんな質問が。

学生
「当時の大学の雰囲気」
「貧食カレー食べていたら教えてほしい」

トヨタ自動車 近健太社長
「キャンパスの至る所に自転車とバイクが置いてありました。こんなきれいなところはなかった。すごくきれいになったなと」
Q.ちなみにこれ(貧食カレー)知ってますか
「貧食カレー。もちろん知ってます。」

通称、貧食カレーは1967年から2008年まで川内北キャンパスで営業していた食堂の名物メニュー。

トヨタ自動車 近健太社長
「ご飯はいっぱいありましたけど、ちょっとルーが足りないという印象(笑)素晴らしかったですね、高カロリーだったと思う」

トヨタ自動車 近健太社長
「(学生時代は)何かすごく遠い先の夢みたいなものが、めちゃめちゃ具体的なものとしてあったかというとそんなことはなくて。でも学校に行けば試験もあるし、アルバイトもあるし、目の前でやらなきゃいけないことやりたいことみたいなことを、一生懸命やってたかなというふうに、今振り返ると(思う)」

近社長にとって思い出深い土地となった宮城・仙台。しかし入社後、思わぬ形で、再び東北と向き合う時がやって来ます。

2011年3月11日、東日本大震災。
震災により道路網や港湾が被災し製造業にとっては要となる物流・インフラが寸断。経済的にも製造業への逆風が吹く中、トヨタ自動車は当時の豊田章男社長の下、ものづくりを通して被災地の復興に取り組む姿勢を打ち出しました。

トヨタ自動車 近健太社長
「震災のあと経済的には円高、電力不足、税制の問題など、必ずしも日本が経済的にはものづくりに向いていない、ものづくりにとって不利ではないかという経済的な雰囲気があった。その時に当時の豊田章男社長が言ったことは『石にかじりついてでも日本のものを守る』。自動車産業というのは裾野が広く、雇用も裾野広く生み出す産業ですので、一過性の寄付ではなく、時間をかけてサプライチェーンができて、車作りができて、多くの雇用が生まれて、街ができたり人が集まってきたりとか、そういうことが本当の復興になるんじゃないかと」

震災の翌年、トヨタ自動車は子会社3社を統合し、宮城県大衡村に東北で唯一、完成車を生産する「トヨタ自動車東日本」を設立。現在、年間生産台数はおよそ50万台に上り、トヨタ自動車は東北を本社のある愛知、九州に次ぐ第3の拠点と位置づけています。

トヨタ自動車 近健太社長
「東北のものづくりを守るには良い車を作らなきゃいけないし、競争力のある車を作らないと残せない。本当に東北のメンバーは歯を食いしばってやっている。その積み重ねが今までだし、これからも変わらない。トヨタの中の東北は第三の拠点だが、それだけで私自身は片付けられない、特別な思いがあるのではないかと思っている」

震災直後から復興のエンジンとなり、被災地と向き合ってきたトヨタ自動車。震災から15年。いち自動車メーカーではなく全ての人のためのモビリティ・カンパニーとして、これからも「被災地の課題に挑戦し貢献しきたい」と近社長は語ります。

トヨタ自動車 近健太社長
「公共交通機関が少なくなるところでの管理された状態での自動運転、災害時の電気の供給、道が非常に狭いところでしっかり動くには小さなモビリティが必要だという地域もあると思うし、いろんなことができると思うので、地方自治体や東北大学と連携しながら進めていく。私は被災者ではないので直接何か被害を受けたわけではなく、被災者の方の身になることは多分できないと思います。だけれども、『そのこと(震災)を忘れずにいること』は私にもできますし、トヨタのメンバーもできる。いろんな形で貢献していける」

仙台放送
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