現職の総理大臣が亡くなる、激動と混迷の政局がかつてあった。
2000年に小渕総理(当時)が急逝し、後継の森総理は密室で決められ、その政権に自民党内から公然と倒閣の動き(加藤の乱)が起きた。
その後、小泉純一郎総理が誕生し「郵政解散」をはじめとする“小泉劇場”がメディアを席巻した。
この時期に頭角を表し、各種の政局で調整役を担ってきたのが初代防衛大臣・久間章生氏だ。
各種政策に精通し、自民党総務会長などを歴任。
同年代の麻生副総裁からは「先読みの久間」と言われていたそうだ。
防衛大臣時代、いわゆる「原爆しょうがない」発言で大臣を辞任した過去もある。
まもなく86歳になろうという久間氏が住む熱海を訪ね、今の政界をどのように見ているのか、率直に聞いた。
(Q.今の政治状況をどのように見るか)
昔は自民党が世論を代表していたから、自民党内が収まれば世論は納得した。しかし今はそうではない。自民党は世論の一部しかカバー出来ていない。世論が様々、バラバラで、まとまる方向が見えてこないのではないか。
(Q.政治家のタイプも変わってきたのでは)
最近は先読みするタイプの政治家が減った。前は「最後はこうなるな」というものが見えていたが、最近は読めない。誰も先読みが出来ない時代になってきた。麻生君も先取りしながら、うまくやっていこうとしているのだろう。
(Q.政府と党の関係も変わってしまったように見えるが)
高市さんの言いっぱなしになっている気がする。先に方針があって、その線で話をまとめている。皆の声を聞いて最後にまとめていくという方法ではなくなった。

(Q.消費税減税の問題をどう見ているか)
ゼロにするという時代ではない。消費税ゼロを言っている人も、実際にそうしたら予算が大変になることはわかっている。(消費税を)払って当たり前だと思っている人も多いはず。それを5%とか3%とか、「これくらいならいいだろう」というところを見極めるのが政治の責任だ。ただ「これくらい」がどれくらいなのかが読み解けない。
(Q.責任を取ると明言する人も少ない)
誰も責任を取る人がいない。高市さんは行きがかり上しょうがない笑。消費税に限らず、いろんな問題でメディアもどちらの論陣を張ればいいのか、迷うことが多いんじゃないか。メディアがわからないものを政治家が決められない。
(Q.国際情勢も混沌としている)
アメリカにくっついていくのか、中国とどう付き合うのか。米中関係がどうなるのか、日本は何を大事にするのか。このあたりがまだ見えていない。
中国の力を考えたら無視は出来ない。日本は、生産は出来なくても流通させる役割は果たせる。
米中だけではうまくいかない部分に日本の役割があるはずだ。米中から見ても、日本は役に立つと思わせられるのではないか。
うまくウィンウィンの関係に乗っかっていくことだ。ただ、それを誰がやるかだ。高市さんで出来るかなあ。
(Q.高市総理の評価は)
うまくやっている。知識があったり、慣れると言い過ぎてしまうことが多いが、高市さんは我慢しているんじゃないか。最近は発言が慎重だし抑えている。
(Q.アドバイスをするとすれば)
周りの人たちをうまく使えるといいんだが。彼女にすれば「私が周りに使われているんです」くらいに言うかもしれない笑。周りの人たちも彼女をうまく乗せて情報を入れてあげた方が良い。
久間氏は防衛大臣時代、いわゆる「原爆しょうがない」との発言で大臣を辞任した。発言の趣旨は「過去に起きたことを今から言っても変えられない」だったと本人は言うが、当時を淡々と振り返った。
久間氏:
発言を切り取られたけど、言葉としては言ったからね。当時は自民党の人気も下がっていたし、メディアに利用されたと思った。記者にそのつもりがなくてもデスクや上の方で編集するから恨みはない。『しょうがない』は僕の口癖。それこそ『今さら言ってもしょうがない』笑。
実は久間氏は防衛大臣を辞めた後、心臓近くに動脈瘤が見つかり、手術をした。奥様曰く、大臣を続けていたら発見が遅くなり、今頃生きていなかったという。
ご本人は「いやいや、別の人生が拓けていた」とあくまで楽観的だったが、つくづく人生とはどう転ぶかわからないものである。
久間氏は2009年の衆議院選挙で当時の民主党の候補に敗れて政界を引退した。若手の対抗馬と空港で鉢合わせした際も相手の体調を気遣うなど、常に自然体でいたそうだ。様々な難局を経験し「ストレスは溜まらなかったのか」との質問には間髪入れずに「なかった」と答えた。
久間氏:
結局は気の持ちようだ。嫌なことがあっても良い勉強になったと思えばいいし、良い方に取ればいい。神様が良い試練を作ってくれた、良い教訓を与えてくれたと。
今の情報収集は新聞とテレビのみ。講演などは真意が伝わらない可能性があるので断ってきたという。
政治家と記者のやりとりについても「今は全部スマホでのやりとりだし、聞く方も聞かれる方もどう言えばいいか、難しいんじゃないか」と答えた。
本人は当時の党運営や政局はものを書きながら考えていたそうだ。
自民党総務会長時代、自室で数独にいそしむ久間氏に、政局の見方や見通しを聞いた。
「ものごとには表と裏がある。(政治家の)発言だけではなく、なぜそう言うのか、背景は何かを考えることだ」とよく言われた。
最後にやり残したことはないかと聞いたところ「仮にあっても今の年齢ではその結果を見届けることが出来ない。だから考えることをやめた」と答えた。
こちらから近況を報告し、自分の社会人生活が報道のみであることを伝えると「人生とはそんなもんじゃよ」と地元・長崎の言葉で一蹴された。「そこにやること、道があったということだ」とも言われ、現実的で明快、恬淡(てんたん)とした性格が現役時代と変わっていないことに思いが至った。

いろいろ話した後にビールを美味しそうに飲む姿が何とも印象的で、次回はゆっくり食事をしようという話になった。「久間節」をまた聞くのが楽しみである。

