中国軍は6日、原子力潜水艦から戦略ミサイルの模擬弾頭1発を試験発射し、太平洋海域に正確に着弾させたと発表した。
「狙いは」「なぜ今なのか」という疑問が浮かぶのは当然だ。
だがこうした問いの全てに明確な答えを持ち合わせている者はほぼいないだろう。
理由のない物語
人は物語が好きである。善行や努力は報われ、悪行や嘘は罰を受ける。幼少期はそんな価値観や道徳を、寓話などを通して教えられたものだ。
しかし現実は物語のようにはいかない。浦島太郎が玉手箱を開けなければ、桃太郎が鬼を退治できなければ…。そんな「たられば」は現実にあるのではないか。
外交交渉などに関する“物語”について、ある外交官からこんな話を聞いた。
「世界で起きる出来事に誰もが理由を付けたがる。それは物語にする方が楽だから。でも物語はそう簡単に出来ないし、理由がないこともたくさんある」
この外交官は中国語を専門にする、いわゆる「チャイナスクール」の1人だ。特に情報が制限されている中国は物語の要素、タネがほとんど出てこない。発表される情報も偏っている。
以降、中国のいくつかの「だから」に続く。
だからわからない
だから、中国の実態はよくわからない。
メディアも中国共産党の宣伝機関なので指導部の意向が全てだ。報じられるのは成果や功績ばかりで、ネガティブな情報は発信されない。言い方を変えれば、中国共産党は常に正しい。政府が発表する経済指標も海外から疑いの目が向けられることが多い。かといって否定する材料もないので専門家もそれを参考に各種分析を行う。
経済の自由化によって貧富の格差は広がった。
日本人が想像できないような大金持ちがいるかと思えば、日々の暮らしに汲々とする貧しい人々もいる。貧しくても礼節をわきまえた大人もいれば、金持ちだからと言って心も豊かなわけではない。
生活レベルや心の持ちよう、価値観の差が大きいので、「中国人は」という主語で一般化することが難しい。
よく「中国人は○○だ」という表現を目にするが、貧富や礼節の差だけでなく気候や文化、習慣、言葉も地方によって違うため、なおのこと当てはまらない。
何しろ人口が14億人である。自国の態度や主張を恥ずかしいと思っている中国人もいるし、日本に旅行する中国人を見れば、親日派もたくさんいることがわかる。彼らに聞くと日本人の優しさや謙虚さ、街の清潔さなどに感動したなどと語る。
だから生まれる多くの物語
だから、中国の物語はいくつも作られる。
多岐にわたる「中国人」とは反対に、「中国政府」は表に出る情報が少ないので憶測や想像が加わり、物語の幅が広がる。直接取材できる関係者はごくわずかで、事実関係を確認する(ウラを取る)ことも困難だ。
それゆえ肯定も否定も出来ない話がたくさん出来るし作ることが出来る。中国外務省が海外の報道を否定することはあるが、本当に事実と違うのか、中国に都合の悪い話だから否定するのかわからない。中国で権力を持つ機関は国内の安全を取り仕切る警察・公安部門で「中国外務省にそれほど具体的な情報はあがっていない」(外交筋)とも言われる。
情報が少ないので、物語が好きな海外メディアは面白い方向、刺激的な方向に記事を仕立てる。
台湾有事はその典型だ。中国による台湾へのスパイ行為や習近平国家主席と台湾・国民党主席の会談は台湾世論を「親中」に寄せる手段だとみられる。
軍幹部の相次ぐ更迭も実態は不明だが「台湾に攻め入る態勢にはない」(外務省筋)との見方が聞かれる。いずれも「有事」とは逆の要素だが、それほど声高には語られない。
「中台の危機は報じられるが、良い話はほとんど報じられない」(中国筋)との言葉は説得力を持つ。もちろん、実際にどうなるかはわからない。
だから絶対はない
だから大事なのはバランスである。「相場観」という関係者も多い。
中国については不明なことが多いからこそ、幅広く捉えたり、納得できる筋を見出すことが肝要だ。「絶対」「間違いない」という思いは排除していく方がいい。北京に駐在している時には「信じられるのは自分の目で見たものだけだ」などとよく言われた。
人は常に間違えるし、間違えるからこそ人だとも言える。
また、どんな権力者にとっても1日は24時間でしかない。
政治や経済を含めた国家の運営全般について、1人の指導者が限られた時間の中で全てに正しい決断を行うなど、特に中国のような国では難しいはずだ。
アメリカとの交渉でも中国優位との評価が多く見られたが、国内経済の不安や人民の不満を一切表に出さない中国がどのような状態にあるかは、指導部の一部を除けば誰も知り得ない。指導部ですら全体を把握出来ていない可能性がある。

そもそも人の好き嫌いや人間関係の善し悪しに理由などなく、あっても後付けではないだろうか。優秀で人柄がいいからといって好きになるわけでもなく、わがままで自堕落でも放っておけない人もいる。
我々が生きる現実も、寓話のようにいくことの方が少ないはずだ。
常識や価値観の違う国同士の交渉でも、全てに理路整然と答えが出てくる方がまれだろう。特に中国は「群盲象をなでる」のように、一部を触っただけで全体を把握することは難しい。様々な箇所を触ることで、何とか概要が浮かび上がってくる程度だ。
ものを言わないが故の強さか、弱さを見せないための隠蔽か。都合の良い物語しか語らない中国の実態は、その両方が混ざり合っているようにも思える。
人民も含めた中国全体の評価や感情で言えば多くの「好き」と「嫌い」があり、その振れ幅も大きい。
だから中国は「面白い」。
【執筆:前FNN北京支局長 山崎文博】

