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熊本地震のもうひとつの現場「報道デスク」 屋台骨として奮闘する彼らの苦労と現実|FNNプライムオンライン
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熊本地震のもうひとつの現場「報道デスク」 屋台骨として奮闘する彼らの苦労と現実

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報道には「デスク」という仕事がある。文字通りデスクに張り付きでニュースのあらゆる事態に対処する重要な役割だ。
熊本地震でも放送の中核を担った現地デスクの実情をお伝えしたい。

デスクとは“縁の下の力持ち”

デスクは取材現場の指揮、記者が書いた原稿のチェック、各種の危機管理など、放送に関するあらゆる業務を担っている。司令塔でもあり、守りの要でもある。電話の応対やパソコンとのにらめっこが続き、食事やトイレの時間も満足に取れない。

スクープやリポートは記者の成果であり財産になるが、原稿や映像の誤りはデスクの責任。労多くリターンが少ない、何とも報われない立場である。

テレビ熊本のデスク席。地震のニュースを全て取り仕切った
テレビ熊本のデスク席。地震のニュースを全て取り仕切った
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熊本地震では発生当初、福岡県のテレビ西日本とフジテレビのデスク2人がテレビ熊本に応援で入り、関連するニュースに対応した。
現場に限らず、取材の基点になるデスクにも応援の人員が必要だったからだ。

地震発生時に偶然、佐賀県にいたこともあり、翌日から熊本に入ったが、報道のフロアは意外なほど静かだった気がする。業務量が多すぎて騒いでいられない、そもそも騒ぐ体力がない、単純に人が少ない、コンプライアンス上大きな声を出せない、など様々な理由があったのだろう。

皆黙々と仕事をしていた印象がある。

地震に対応するデスクの実態

当時はイオンモールでの爆発、日本製紙の煙突倒壊、高速道路の被害や停電・断水など、被害の詳細が明らかになる頃で、自分もデスクをフォローする形で調整にあたった。

地震発生後に爆発が起きたイオンモール熊本
地震発生後に爆発が起きたイオンモール熊本

取材クルーの差配、映像や被害情報の整理、フジテレビ本社との連携など、その業務は山ほどある。有事であれば、徹夜も含めた長丁場の取材を現場にお願いするのもデスクの役割だ。

働き方改革とのバランスは困難を極め、実際に不満も寄せられた。

誤解や連絡ミスは放送の成否はもとより、人間関係やストレスにも影響するが、自分の気持ちを押し殺し、放送に向けた業務をこなすしかない。

とある無理筋の取材に不機嫌が声になって出たが、同様の感覚を別のデスクも持っていてくれたことに安堵し、また心強く思った。デスクは孤独でもある。

サガテレビから届いた寄せ書き。支援物資のドリンク剤の箱に書かれていた
サガテレビから届いた寄せ書き。支援物資のドリンク剤の箱に書かれていた

おそらく初日、テレビ熊本のデスクとはほとんど話をしなかった。する機会がなかった、という方が正確かもしれない。

東京と福岡の応援組も含めて「気づいたことや要望があれば何でも言ってくれ」と話したのは、2日目に入ってからだと思う。

熊本のデスク陣はしばらくリアクションがなかったが、しばらくしてから1人が私の席に来て、とある番組に対する不満を口にした。その不満を聞けたことというより、自発的に意見を言ってもらえたことがありがたかった。その後も各種の話をうかがい、勉強にもなった。

このデスクから数多くのニュースが発信された
このデスクから数多くのニュースが発信された

もう1人のデスクは不器用なパソコンのタッチで原稿や映像の登録に余念がない。若手の記者に「原稿は書いたのか!」「間に合うのか!」と何とか感情を抑えた指示を出し、ピリついた雰囲気に包まれた時があった。

若手が「はい!」「いまやります!」と元気に返事をしたことで場の空気が和んだ。コンプライアンスの波が押し寄せる中、こうした人間関係が成立していることを微笑ましく、また羨ましくも思う。

被災地と熊本市内の差

熊本で過ごした3日間は会社とホテルの往復だけだったが、熊本市内の影響は限定的だったように感じる。コンビニでは食料品が若干不足していたが、購入できないわけではなかった。

コンビニの食料品は若干不足していたが、困るようなことはなかった(7月31日)
コンビニの食料品は若干不足していたが、困るようなことはなかった(7月31日)

差し入れをすべく同僚のデスクと毎朝コンビニに寄ったが「全て買うのは忍びないね」などと話した。昼には弁当が届いたし、水回りも含めて生活に不便はなかった。

避難所生活、断水といった状態が続く地域とは明らかに差があった。

幅広い取材と地元ならではの視点

テレビ熊本の報道部長とは現地入りする記者・カメラの調整やホテルの予約などで随時相談させてもらっていた。顔を合わせて話すことは、有事であればなおさら大事である。

部長は応援で入った取材陣に感謝を述べつつ、「うちの若い連中も現場に出て取材してほしいが、社内の処理やまとめは彼らがやるしかない。それが申し訳なくて…」と若い人たちを気遣っていた。

FNN各局からの支援物資。飲料水や栄養剤、除菌シートなどが届いた
FNN各局からの支援物資。飲料水や栄養剤、除菌シートなどが届いた

熊本の記者、カメラだけでは取材しきれないので、応援のクルーが幅広く現場を巡ってニュースを伝える。一方で地元の記者だからこそ伝えられるニュースや視点もある。そのバランスに正解はないのだろう。社内で明るく仕事に取り組む若い人たちの健気さもまた、強く印象に残った。

3日間、ひとつの場所で缶詰状態になっていると「里心」とは言わないまでも、ご一緒した方々への情が湧いてくる。身体も心も疲れる毎日ではあったが、帰京する時には離れがたい気持ちがあった。

辞去する際、テレビ熊本の方々と大きな声で挨拶を交わせたことが得がたい財産だと思えた。報道以外の皆さんも常に明るい表情で挨拶の言葉をかけてもらい、気持ちが良かった。部長からは「今度は仕事抜きで、ゆっくり熊本に来て下さい」とお誘いいただき、快諾した。

熊本空港に向かう途中、美しい田園風景が広がっていた
熊本空港に向かう途中、美しい田園風景が広がっていた

空港に向かうタクシーの中で田畑が広がる熊本の景色を初めて見た。搭乗前にうどんをすすったとき「自分は生きている」という思いが急にこみ上げてきた。
被害が生じた現場にはいなくても、一連の放送に間断なく取り組んでいるデスクや若手の皆さんの貢献に思いが至った。

【執筆:FNNプロデュース部長 山崎文博】

山崎文博
山崎文博

FNNプロデュース部長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より北京支局長に。その後2024年から国際部長を経て現職。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。

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