6年前の豪雨で被災した球磨村神瀬地区は多くの住民が古里を離れ、過疎化が進んでいます。こうした中高齢者の孤立を防ごうと、みんなの家でコーヒーを振る舞う男性を取材、被災地の今を見つめます。

【球磨村神瀬地区 岩崎 哲秀さん】
「6年たって、集落自体(豪雨前の)3分の1になっているような状況で、残った人たちでできることをやっている」

2020年の7月豪雨から6年となった7月4日。

球磨村の神瀬地区では法要が営まれ豪雨で犠牲となった住民3人と、特別養護老人ホーム『千寿園』で亡くなった地区出身の入所者5人を追悼しました。
【地区で母を亡くした 川浪 美江さん】
「もっと早く気づいてあげられていたら母も逃げることができたのではないかという思いはある。助けてあげられなかったという気持ちでいっぱい」

その後、参列者は集落を流れる球磨川の支流・川内川に移動。護岸からキクの花などを投げ入れ、犠牲者の冥福を祈りました。

神瀬地区は6年前のあの日、氾濫した球磨川の濁流にのみ込まれました。

多くの住宅の1階部分が水没し、垂直避難した住民は保育園のプールをボートの代わりにして救助されました。

地区の中心部では宅地や国道219号線を最大2.9メートルかさ上げする国の工事がほぼ完了。

被災者向けの住宅も整備されましたが、集落では過疎化と高齢化が加速しています。

【球磨村神瀬地区 上蔀 修さん(70)】
「子どもがいる若い世代は通学が(難しい)、交通手段がないので人吉や八代に移住してそのまま」

去年7月、地区に完成した〈みんなの家〉でコーヒーを入れる男性、上蔀 修さんです。

月に2回、〈おさむカフェ〉を開き無料でコーヒーを振る舞っています。

【球磨村神瀬地区 上蔀 修さん(70)】
「地区には一人暮らしの高齢者が結構いる。そういう人たちが集まって馬鹿話の一つもしてもらえれば気が休まるかなと思って」

修さんも、自宅が被災し仮設住宅に入居。去年1月、被災者向け住宅が完成したことを受け、古里に戻ってきました。
【球磨村神瀬地区 上蔀 修さん(70)】
「この場所が好きで帰ってきたので一人でも住民が帰ってきてほしい」

6月24日は午前中から住民が訪れ、修さんのコーヒーを飲みながらおしゃべりに花を咲かせていました。

【神瀬地区の住民】
「元気が出てくる。私たちの『よりどころ』」「1時間でも時間があれば寄りたい」
【球磨村神瀬地区 上蔀 修さん(70)】
「『テレビとしかしゃべらない』『きょうは一日誰ともしゃべらなかった』という日もあるらしいので、コミュニティーづくり」

7月4日は追悼行事の後、〈神瀬の集い〉が開かれました。

古里を離れた住民やボランティアも参加し炊き出しのおにぎりなどを食べながら親睦を深めました。

【神瀬地区の住民】
「(普段は)一日に一人か二人くらいしか会わないのでなじみの顔に会えてうれしい」

【神瀬地区の住民】
「この神瀬が住みよい場所であってみんなが住み続けられる場所であってほしい」

会場の片隅では参加者にコーヒーを振る舞う修さんの姿がありました。

【球磨村神瀬地区 上蔀 修さん(70)】
「こういう雰囲気をつくりたい、みんなの家でも。集落の外に出た人も帰ってきて
一緒にしゃべるような 『おさむカフェ』でも」「若者が帰ってくるようなにぎやかな(集落にしたい)」

あの日から6年、過疎化が進む集落の再生を願って修さんはこれからも住民の絆を紡ぐコーヒーを入れ続けます。

テレビ熊本
テレビ熊本

熊本の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。