仙台空襲から今年で81年です。
仙台市青葉区では7月4日、戦争の悲惨さを伝える戦災復興展が始まりました。

1945年7月10日の、仙台空襲直後のJR仙台駅西口です。

辺り一面が焼き尽くされています。

こちらは、現在の青葉区勾当台公園のあたり。

目立たない場所に作られた防空壕の入口があらわになっています。

1399人が亡くなった仙台空襲の記憶を伝えようと仙台市戦災復興記念館では「戦災復興展」が開かれています。

小学5年生の時に、仙台空襲を経験した今野幾代さん(91)です。

今野幾代さん(91)
「空襲警報が解除になってみたり、警戒警報になってみたり色々でした。」
 布団の中で震える。寒さだけで震えるのではなく恐怖でも人間は震えます。」

仙台市戦災復興記念館 
高橋 浩 館長
「現在世界では各地域で紛争が行われていて戦争の悲惨さと平和の尊さについて考えさせられる時代になっている。仙台でも、昔こうした悲惨な出来事があったことと、展示を見て感じてもらえれば」

この展示会は、7月12日まで開かれています。※語り部は土曜・日曜

仙台放送
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