西日本豪雨の発生からまもなく8年を迎えます。シリーズ「復興 その先へ」。災害を知らない世代が増えていく中、記憶を風化させないために被害と復興の道のりを振り返ります。
被災地の中心部にある倉敷市真備町の箭田小学校。校長室には豪雨で故障した時計が今も残されています。
(箭田小学校 大西貴教頭)
「決して忘れているわけではないが、きちんと伝えていかなければと感じさせてくれる」
刻まれた時間は午前1時20分、一帯に避難指示が出されてから約2時間後です。
(ドライブレコーダー音声)
「あ~行けん、(堤防が)切れた」
2018年7月6日、活発化した梅雨前線が西日本の広い範囲に記録的な大雨をもたらしました。前の日から翌日までの48時間に降った雨の量は多い所で400ミリ以上となり、岡山県内20の地点で観測史上最大に。6日の夜には、岡山県で初めて大雨特別警報が発表されました。被害の大きさを目の当たりにしたのは夜が明けてからです。
(2018年7月7日 空撮)
「ご覧のように、ほとんどのエリアが水に漬かっています。民家などあらゆる建物の1階部分が茶色い水に漬かっています」
真備町を流れる小田川など県内10の川の18カ所で堤防が決壊。懸命な救出活動が行われましたが、災害関連死を含め95人が犠牲となり、8年たった現在も3人が行方不明となっています。住宅4830棟が全壊し、ピーク時には9000人を超える人が避難生活を送りました。
全員が自力で住まいを確保でき、仮設住宅の提供が終了したのは発生から5年後です。
一方、急がれたのはハード面の対策です。真備町では、一級河川の高梁川が増水したことで支流の小田川の水がせき止められて水位が上昇する「バックウォーター現象」が発生しました。
その対策として倉敷市は国や県と共同で進めてきた合流点付け替え事業の計画を5年前倒しし、2024年に完成。これにより増水時の川の水位が5メートル下がる試算です。
さらに、堤防が決壊した小田川沿いには盛り土をして幅を広げた「スーパー堤防」の役割も持つ「まびふれあい公園」を整備し、復興のシンボルとなっています。
(公園を訪れた人は…)
「ヘリポートにもなる?それは心強い。地元の人が一体になって協力していってほしい」
豪雨で校舎の2階まで水に漬かった箭田小学校。現在の1年生は豪雨の後に生まれた子供たちで、教師の中にも当時を知る人は少なくなりました。
(箭田小学校 大西貴教頭)
「思い出したくもないようなつらい経験だったとは思うが、防災意識を高め続けながら、他の人にも伝えられる子供に育ってほしい」
西日本豪雨からまもなく8年。記憶をどう継承し、次の災害に備える社会をつくっていくのか。その問いが改めて私たち一人一人に投げかけられています。
