ドナルド・トランプ大統領は、自分の名前をあらゆるものに残したがる人物として知られている。
トランプ・タワーはもちろん、紙幣、空港、軍艦、さらにはアメリカ建国250周年の記念事業にまで、自らの名を冠したいとの構想がたびたび伝えられてきた。
だが、その「ドナルド」というファーストネームだけは、いまアメリカ社会から静かに姿を消し始めている。
「命名ドナルド」は全米で年400人未満に
アメリカ社会保障庁によると、2025年に「ドナルド」と名付けられた男児は400人にも満たず、統計開始以来最低を記録した。全米の人気ランキングでも690位まで落ち込んだ。
1934年には3万人を超える男児が「ドナルド」と名付けられ、1990年まで人気100位以内を維持していた名前である。
もちろん、名前の流行は時代とともに変わる。だから、この数字だけを見て「反トランプ」の証拠だと断定することはできない。
しかし興味深いのは、歴代大統領には逆の現象が起きてきたことである。
ジョン・F・ケネディ大統領が就任した1961年、そして暗殺後の1964年には、「ジョン」と名付けられる男児が一時的に増えた。もともと人気の高い名前だったとはいえ、大統領への憧れや追悼の思いが数字にも表れたのである。
ところがトランプ氏には、そのような「名前の追い風」が見られない。
むしろ、自らの名前は歴史的な不人気を記録している。
これは世論調査には表れない、小さな変化である。
“変化”は他にも…「ドナルド・ダッシュ」
だが、その「静かな変化」は名前だけではない。
ペンシルベニア州やイリノイ州では、MAGAグッズ専門店が相次いで閉店した。
店主は「役目を終えた」と語る。
イラン攻撃以降、客足は止まり、トランプ支持者の間でも空気が変わったという。

かつては支持者の誇りの象徴だった赤い「Make America Great Again」のキャップも、いまでは「かぶると気まずい」「時代遅れに見られる」と言われるようになったという。
ブランドとは、社会の空気に最も敏感な存在なのだろう。
さらに興味深い変化に、「Donald Dash(ドナルド・ダッシュ)」がある。
トランプ政権から距離を置くように、人々が海外へ「駆け出す(Dash)」という意味で、ディズニーの人気キャラクター「ドナルド・ダック」を連想させる命名である。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、建国250周年を迎えた今年、アメリカ人の海外移住が記録的な規模になっていると報じた。

住宅価格の高騰、医療費、教育費、治安への不安、リモートワークの普及、そして政治的分断。理由は一つではない。
しかし海外移住会社には、中西部の中産階級や子育て世代、年金生活者までが相談に訪れ、「新しいアメリカンドリームとは、もはやアメリカに住まないことだ」と記事は表現している。
もちろん、これは単純な「反トランプ移住」ではない。
トランプ氏に投票した人の中にも海外へ移る人はいる。ヨーロッパ各国が移住を促す制度を整え、アメリカの高い給与をリモートワークで維持したまま生活費の安い国で暮らせるようになったことなど、背景には長年積み重なった構造的な変化がある。
それでも、移住支援会社には「トランプ再選が最後の一押しになった」と語る相談者が少なくないという。
世論調査では見えない“一票”
最近の世論調査では、トランプ氏の支持率は低下傾向にある。
しかし、支持率とは、その時々の政治的評価を切り取った数字にすぎない。
それ以上に興味深いのは、人々の日常の選択である。
子どもにどんな名前を付けるか。
どんな帽子をかぶるか。
そして、どこの国で暮らすことを選ぶのか。
そうした選択は、アンケートに答えるより、はるかに重い。
人生そのものを動かす決断だからである。
選挙で投じられる票は、一人一票しかない。
だが人生では、人は子どもの名前を選び、身につけるものを選び、住む国を選ぶことができる。
支持率は毎日変わる。だが、人は毎日、名前を選び、帽子を選び、住む国を選んでいる。
そうした「静かな一票」は世論調査には現れない。だからこそ、「ドナルド」が最も不人気になったという事実は、数字以上にアメリカ社会の空気を映しているのかもしれない。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

