宮城県栗原市で、2026年で創業150年を迎えた湯浜温泉「三浦旅館」。電気や携帯電話の電波が届かない「ランプの宿」として多くの秘湯ファンを魅了してきたこの宿は、2度の震災による源泉枯渇という致命傷を負いながらも、「ランプの灯りを消したくない」という一心で復活を遂げた。4代目から5代目へと受け継がれる、苦難と希望の歩みを追った。
2度の震災からの復活と家族の絆
美しく広がる緑の木々。自然豊かな栗駒山麓にある三浦旅館は、仙台市中心部から車で約2時間。さらに、旅館の駐車場から山道を10分ほど歩いてようやくたどり着く、まさに「秘湯」の宿だ。明治の初めから続き、電気のない「ランプの宿」として長年愛されてきた。
三浦旅館 4代目 三浦治さん:
本当に息の長いリピーターがたくさんいて、そういう人たちに支えられて今日まで来た。
しかし、2008年6月14日、岩手・宮城内陸地震が発生。栗原市では震度6強を観測し、大規模な土砂災害が発生。宮城県内で14人が亡くなり、今も4人の行方がわかっていない。
三浦旅館へ続く道路も土砂崩れで寸断され、さらに、地震の影響で宿の命とも言える源泉が止まってしまった。
三浦旅館 4代目 三浦治さん:
温泉旅館としては致命傷。何か…、命を…、閉ざされた感じですよね、温泉が湧かないのは。
2年後、新たな源泉を内風呂に引き込んで営業再開にこぎつけたものの、2011年の東日本大震災で、またしても源泉は止まってしまった。それでも治さんは諦めず、新たな源泉を掘り当てて再び営業を再開した。
三浦旅館 4代目 三浦治さん:
一番は温泉が好きだという事。ただ『家族』であったり、『仲間』がいたり、それが一番のエネルギーになった。
困難を乗り越えてきた原動力でもある家族。息子の千空さんは、旅館の5代目として、父・治さんの背中を見続けてきた。
三浦旅館5代目 三浦千空さん:
震災があって、親父がそれを乗り越えて今がある。2回大きい地震があって、それにも負けないで続けてこれて、私が今できている。感謝しているというか、すごいなと。
美肌の湯と自然を感じる露天風呂

多くの苦難を乗り越え、今年創業150年を迎えた三浦旅館。千空さんが宿の自慢として挙げるのは、自然に囲まれた景色だけではなく、その類まれな泉質である。
千空さんによれば、温泉のとろみは「メタケイ酸」という肌に良い成分が豊富に含まれているためだという。温泉成分の数値が100を超えると「美肌の湯」とされるメタケイ酸だが、三浦旅館の温泉にはその数値が「200」もあるという。

2度の震災を経た後、2021年に完成した露天風呂も大きな魅力のひとつだ。自然に囲まれた抜群のロケーションで、川の音や鳥の声、木から漏れる太陽の光など、色々な自然のシチュエーションを感じながら楽しめる。
「次のバトンを渡すまで」受け継がれるランプの火
岩手・宮城内陸地震の前は、全国から年間1000人ほどの宿泊客が訪れていた三浦旅館。2026年現在、客足は半数程度にしか回復していない。
こうした状況の中、千空さんはSNSを活用して栗駒山の魅力を発信したり、自ら企画したツアーの告知を行ったりするなど、新たな形で三浦旅館の魅力を広げようと奮闘している。
三浦旅館 5代目 三浦千空さん:
山が崩れたところが意外と景色がよかったり、花が咲いていてすごくきれいだったり。地震はもちろん怖いですけど、そこから学べるものはいっぱいある。みなさんに見て感じてほしい。
三浦旅館 4代目 三浦治さん:
宿に来るのを楽しみにしているお客さんがたくさんいる。そういう人たちの思いを考えると、次のバトンを渡すまでは、頑張らなくては。

地震の被害を受けても決してあきらめず、父から息子へと受け継がれてきたランプの火。栗駒山の雄大な自然に抱かれながら、三浦旅館はこれからも優しくランプを灯し続け、ゆっくりと確かな歩みを進めていくだろう。

