海の色だけが、まだ青い。しかし、その水面の下では、かつて豊かだった命の営みが静かに確実に失われつつある。
沖縄の北部地域・やんばるの自然と、そこで育まれる食材に向き合う人たちが、幼い頃から慣れ親しんでいる料理「モーイ豆腐」について、沖縄の食文化の観点から掘り下げた。
シーミーの弁当箱に詰まっていた忘れられない味

やんばるで料理人を営む満名匠吾さんにとって、海はいつも遊び場だった。
「この海での思い出はアバサー(ハリセンボン)獲ったりイシミーバイ(カンモンハタ)釣ったり、あとガシシーっていうんですけど、シラヒゲウニが結構獲れたんですよ」
なかでも忘れられない記憶がある。清明祭(シーミー)の季節、祖母や母が弁当箱に詰めてくれた「モーイ豆腐」の味だ。

モーイとは沖縄の海に生息する海藻で、和名は「イバラノリ」。寒天質を含んでいるため、煮溶かして冷やすと固まる性質を持っている。好みの食材や調味料と炒め合わせてから固めると、フランス料理の「テリーヌ」に似た仕上がりになる。
「やんばるの味ですからね、なくしたくないですよ」と満名さん危惧する。モーイが海から姿を消しつつあるからだ。
それぞれの思い入れ
満名さんからのモーイ豆腐づくりの呼びかけに、二人の仲間が応じた。居酒屋「蓬莱」の女将・宮里美智留さんと、地元の漁師・松田栄勇さんだ。
宮里さんにとってもモーイ豆腐は特別だった。「一番好きな食べ物。あんまり知られたくないぐらい好き」と笑いながらも、その顔には真剣さが滲む。

松田さんは漁師として、モーイが年々減っていく現実を肌で感じているという。昔は当たり前に食べていたものが、今の若い世代にはほとんど知られていない。地域の食材を守るために何かできることがあれば、と海に潜った。
3人が集まった日、使用分のモーイが採れるまでにかかった時間は約1時間。かつては浅い場所でも容易に見つけられたが、今は深く長く潜らなければ出会えない。
養殖という希望、そして危機感
その後一行は、亜熱帯地域の生態系保全と再生に取り組む研究所で、モーイの養殖に成功した研究者・内村真之所長の話を聞いた。

海水をかけ流して水流を循環させる装置の中で、モーイは一週間で倍に増える。2週間で4倍、3週間で8倍、4週間で16倍。いずれは養殖したモーイを海に戻し、失われた生態系を少しずつ取り戻したいというのが内村さんの願いだ。
しかし内村さんの言葉には、希望と同等かそれ以上の重さの危機感が込められていた。
「海の中の生き物が壊滅状態で、昔の豊潤な海がもう消えているのが現状です。皆さんは『綺麗だね』って海の色だけを見て言いますが、綺麗ということはそれだけ海の中に何もいないということでもあるんです」

温暖化、赤土や生活排水、農薬・除草剤を含んだ陸水の流出、沿岸域の開発など、様々な要因が重なって沖縄の海の生態系はすでに「壊滅状態」にあると内村さんは言う。
「このままでは放っておいても戻ることはないですね、絶対に。もちろん生態系には自然回復力がありますが、自然だけじゃなく人間も一緒になって戻す作業をしていかないと、もう時間はないのかなと思っています。今ならまだ可能性はあると思うので、いかに短期間で戻すことが出来るかということをみんなで考えていければと思っています」
やんばるの味を「くゎっちーさびら」
研究所での対話を終えると、ついにモーイ豆腐作りへ。今回は乾燥モーイだけでなく、採れたての生モーイも使うという初めての試みも。

ツナ・味噌・塩・油・醤油を合わせ、各家庭ごとに受け継がれてきた味、チラガー(豚の顔の皮)と中味(豚の内臓)を合わせた生モーイ豆腐など、参加者それぞれの異なるアレンジで計5種類のモーイ豆腐が食卓に並んだ。

「くゎっちーさびら」——沖縄の言葉で「いただきます」にあたる言葉とともに、箸が動く。
生のフレッシュなモーイ豆腐を初めて口にした宮里さんは目を見開き、満名さんは「めちゃくちゃ美味しい」と声を上げた。あっという間に皿は空になった。

しかし食卓を囲む笑顔の一方で、それぞれの胸に拭えぬものも残っていた。
宮里さんは「今のままでは間違いなく海から何もいなくなってしまう未来がすでに始まっていると感じた」とこぼした。
満名さんはモーイの素材としての可能性を改めて感じながら、同時に危機感と使命感に似た感覚も抱いていた。

「モーイを育んできた海を未来永劫残せたら、という環境課題への意識をあらためました。我々一人一人が抱えている問題だし、それはとても深くて、でも諦めてはいけないことなのだと思います」
海の恵みとともにあり続けてきた沖縄の食文化。食材を育む自然環境も含めて、いかに守り継承していけるかが切実に問われています。

