2024年の能登半島地震で多くの住宅が解体され、更地が広がる石川県志賀町富来地頭町。それでも地域の人々が守ってきた物がある。高さ7m半、輪島塗のシンプルで美しいキリコだ。太鼓の名人、小山正男さん(67)が、仲間とともに2026年の百万石行列に乗り込んだ。
更地が広がる地域 残ったキリコに安堵

増穂浦海岸に面する志賀町富来地区。このうち富来地頭町は、能登半島地震で大きな打撃を受けた。小山さんはかつて住んでいた家の跡地を指差しながら語る。「ここに元々家があった。全壊になってすぐに更地にした」彼の家だけではない。町内の多くの住宅や建物が地震で解体され、更地が広がっている。
地震前、富来地頭町には約200世帯が暮らしていた。しかし地震後、70世帯ほどが町を離れた。「地震前から少しずつは過疎化になっていた気はする。若い人に中々戻ってこいとは言えない」と小山さんは話す。

人口減少と地震による被害が重なる厳しい現実のなかで、被災した住民たちの心の支えとなった物がある。地震の被害を免れた、町自慢のキリコだ。高さ7m半。輪島塗を施された装飾は無駄がなく、シンプルで美しい。

「今横にしているけど立てたときはすごく迫力があると思う。これに屋根が付いたらもっと大きく見える。無駄な飾りがない。輪島塗でシンプルできれいなキリコ」
キリコが無事だったと知ったときの気持ちを尋ねると、小山さんは間を置かず答えた。「それはほっとした。これなかったら祭りもできないし」

1000年続くとされる祭りと名人の太鼓
富来地区に約1000年前から伝わるとされる「冨木八朔祭礼」。それぞれの町内から大小さまざまなキリコが出され、夜通し町を練り歩く伝統の祭りだ。

そのキリコを盛り上げるのが、富来独特の太鼓だ。「ドンドコ」と3つの音を繰り返し叩くリズムが特徴で、祭りの熱気を高める。小山さんはその太鼓を叩いて40年以上の名人だ。

今の自宅には自分専用のバチが数多く並んでいる。バチ一本一本に思い入れがある。

「お前の打ち込みがいいからと言ってバチを毎年作ってくれる人がいた。バチを作るから10年でも20年でも打ち込みをやってくれと言ってバチを作ってくれた」
その打ち方は豪快だ。「周りの人に当たるくらいに。危なくて近寄れないくらいに勢いよく振りを大きく叩く。これが富来の太鼓やわ」

石原良純さんとの縁が生んだ百万石行列の道
キリコが無事だったことを受け、富来地頭町では地震があった2024年の9月に町独自の祭りを開催した。この時、祭りに参加していたのが、2025年の百万石行列で前田利家公役を務めた俳優の石原良純さんだった。

この縁がきっかけとなり、富来地頭町のキリコが2026年の百万石行列に参加することが決まった。坂野満区長は参加への思いをこう語った。「富来の人は祭りが好きですから百万石で祭りしようやと。キリコ担いで太鼓チンチコドンドコ聞いてもらいたい」
昔ながらの縄で結ぶ伝統の重み

百万石行列の当日、大型トラックで運ばれたキリコを青年会のメンバーが手際よく組み立てていく。

小山さんたちは昔ながらの方法で太鼓を柱に括りつけていた。
縄で締める作業は手間がかかる。「道具でカチャッと締めるのもあるけど、それはダメ。人手はかかるけど、そうやって若い人につないでいって、そういうところから伝統を感じると思う」と小山さんは話す。

「次の担い手の打ち手」に新しいバチ手渡す
行列の出番が近づく中、小山さんが1人の男性を紹介した。「次の担い手の打ち手」と言いながら連れてきたのは、漆原勇治さん(61)だ。

漆原さんは富来地区の別の町内だが、小山さんが太鼓の腕を認め、今回の行列に参加するよう声をかけた。小山さんが手渡したのは、真新しいバチである。
「いつも地元で叩くやつより若干長い」と漆原さんが言うと、小山さんは「(長さは)親方に合わせて。若干細いけど」と返す。「力がないので細い」と漆原さんは笑う。
師から弟子へと受け継がれる富来の太鼓の系譜を垣間見た気がする。
どんどこ響く約1.5㎞の熱狂

「いざ出立じゃ」大東駿介さん扮する前田利家公の一行が率いる百万石行列の最後に登場するのが、富来地頭町のキリコだ。

沿道のギャラリーから大きな歓声と拍手が送られる。キリコの担ぎ手の1人はこう話した。「これだけ富来の祭りを金沢でできたら楽しい。ギャラリー多いのでテンション上がるというか。このでかい大奉燈を見てもらいたい」

太鼓の担ぎ手も熱い思いを口にした。「能登も頑張ってるぞとか、能登に来てほしいとかいろんな気持ちもある。うれしい。これに参加できて」

沿道からは「すごい。かっこいい」という声が上がった。スペインから訪れた観光客も「心に響く。太鼓の音はすごくかっこいい」と目を輝かせた。富来の太鼓は、言葉の壁を超えて人の心を揺さぶった。

小山さんは叩きながら思いを込める。「打つのではなく打ち込む。気持ちを込めて打ち込む。一生懸命担いでくれるから打つ人も一生懸命になる」

初めて百万石行列の舞台に立った漆原さんも「最高です。小山さんに負けんように頑張っている」と声を弾ませた。
最終地点で熱気はピークへ

約1.5㎞の道のりの最終地点、尾山神社前に到着したとき、熱気はピークに達した。小山さんは約1時間、太鼓を叩き続けた。

「お疲れ様でした」と声をかけると、小山さんはようやく一息ついた。表情には充実感があふれていた。「やっと雰囲気出てきたわ」と語り、言葉を続けた。

「周りの商店、スタンド、銀行あらゆるものがなくなった。これから生活していくのは大変。でもあそこに根付いて生きていくのならやっぱり頑張って負けないという気持ちを持っていかないと。何が起爆剤になるかと言ったらやっぱり昔からある祭り。富来が、気持ちが一つになる祭り」
祭りが奮い立たせる富来の心
更地が広がる町。そうした現実を前にしても、富来地頭町の人々は祭りを諦めなかった。町独自の祭りを開き、百万石行列という大舞台にキリコと太鼓を持ち込んだ。

どんなに苦しい時でも、心を奮い立たせるのが、富来の祭りだ。

(石川テレビ)