東日本大震災から15年、福島県大熊町にある旧熊町小学校が、記憶と教訓を伝える「震災遺構」として保存されるか、岐路に立たされている。東京電力・福島第一原発から約4キロの帰還困難区域内にあり、立ち入りは厳しく制限される。保存には最大で約25億円の費用が試算される中、津波で娘を亡くした男性は「生きた痕跡が残る場所」として保存を訴える。町は2026年度中に方針を示す予定で、被災地は未来へ何を残すのか、重い選択を迫られている。
娘の「生きた痕跡」が残る場所
福島第一原発事故の影響で、今なお立ち入りが制限される帰還困難区域。その中にある旧熊町小学校を、福島県内の大学生ら約40人が訪れた。
案内するのは木村紀夫さん。津波で父と妻、そして当時この小学校の1年生だった次女の汐凪(ゆうな)さん(当時7)を亡くした。木村さんは、この小学校を震災遺構として残すことを目指している。
「私、家族、津波でなくしています。私の父親と妻と、当時小学校1年生だった次女の汐凪ですね。汐凪の生きた痕跡がここに残ってるんですよね」
木村さんは、犠牲が語られなくなり、次の社会に生かされなくなることを危惧する。「そういう意味でもここは残すべきかなと思います」と、遺構として保存する意義を語る。
立ち入り制限と巨額の費用
熊町小学校は、福島第一原発を取り囲むように設置された中間貯蔵施設の敷地内にある。これまでに除染で出た土などが東京ドーム約11個分運び込まれており、許可なく立ち入ることはできない。
震災から15年が経過し、校舎は劣化が進んでいる。大熊町によると、旧・熊町小学校を保存・活用する場合、安全対策の改築や見学路の整備などを含め、費用は最大で約25億円と試算されている。
しかし、町の担当者は、この試算が一般的な地域を想定したものであるため、工事費はさらに膨らむ可能性があると指摘する。大熊町教育委員会の菅井優士さんは「中間貯蔵施設の立入規制の問題とか、見学者や施設管理者の健康・安全に関する課題など様々な課題がある」と話す。
県内唯一の震災遺構が抱える課題
被害をありのままの形で残す震災遺構は、その維持管理に課題を抱える。福島県内唯一の震災遺構である浪江町の請戸小学校は、津波が押し寄せた際、児童82人が近くの山へ避難し全員無事だったことから、その事実は“奇跡”と語られている。
年々入館者は増え、2026年5月末までに約30万人が訪れた。しかし、運営面では、2024年度に電気設備の修繕などで約400万円の赤字となっている。浪江町は収支改善のため指定管理者制度を導入し、現在はNPO法人が運営を担う。
浪江町教育委員会の牧谷さゆりさんは「クラウドファンディングとか、寄付を募るとか、その辺も全国の取り組みや他の施設も参考にしながら、慎重に進めていこうかなと思います」と、今後の資金確保策について語る。
記憶をつなぐための選択
震災遺構として残すのか、解体するのか。大熊町は2026年度中に方針を示す予定で、町民や有識者ら約20人による検討会が初めて開かれた。
メンバーには、震災当時、熊町小学校の4年生だった遠藤瞭さんも加わった。遠藤さんは、記憶をつなぐための保存の必要性を訴える。
「かつてを知る人にとっては『思い出の場所』としての価値が非常にありますし、ものが残らないというのは、覚えていても、時間と共に忘れてしまうことなので、私はやっぱりもので残ったら良いと考えております」
震災前に約1万1500人が暮らしていた大熊町で、帰還した住民は300人あまり。避難生活で町を離れた人がいる一方、新たに移り住んだ人もおり、“あの日”を語り継ぐことは年々難しくなっている。
木村さんは、課題の多さを認めつつも、次のように話す。
「難しいですけども、関わってくれる若い人たちもたくさんいる。自分たちの経験した犠牲みたいなものを、ちゃんと伝えていかないと。それをちゃんと次の社会へ、防災も含めて伝えていかないと、何の意味もなかったことになってしまうので」
未来の世代に何を残せるのか。被災地は今、大きな取捨選択を迫られている。
(福島テレビ)

