福岡で、いまも燃え続ける『原爆の残り火』が、太平洋戦争の開戦のきっかけとなったハワイに届けられた。平和を願い“心の終戦”を宣言することが、その目的だった。

Remember Pearl Harbor

現地時間の5月24日、ハワイ・オハフ島東南部のパール・ハーバー(真珠湾)で開かれたセレモニー。その場所に、或る“火”が届けられた。

この記事の画像(16枚)

届けられたのは、福岡・八女市星野村で、いまも静かに燃え続ける“火”。広島に投下された原爆の『残り火』だ。

届けられた『広島原爆の残り火』
届けられた『広島原爆の残り火』

1945年、当時、広島に住んでいた旧星野村出身の男性が、広島の焼け跡からくすぶり続けていた原爆の残り火を持ち帰った。

福岡・八女市星野村でいまも灯り続けている『原爆の残り火』
福岡・八女市星野村でいまも灯り続けている『原爆の残り火』

持ち帰った火は、これまで長く“戦争の記憶”として保管されてきた。

広島原爆の被爆者、佐々木雅弘さん(84)。現在は、福岡・那珂川市に住んでいる。

今回の平和式典は、佐々木さんを中心とした団体が、星野村の『残り火』を太平洋戦争開戦の地であるハワイ・真珠湾に持って行こうと企画したものだ。

佐々木雅弘さんは「『ノー・モア・ヒロシマ、ノー・モア・ナガサキ』という言葉を発すると―

『Remember Pearl Harbor』という言葉がまだまだ返ってくる」と話す。

いまもアメリカ人の心の底に刻まれた言葉。『Remember Pearl Harbor(真珠湾を忘れるな)』。日米の間に、いまも深く残る戦争の“わだかまり”。

佐々木さんが今回『原爆の火』をハワイに届けた理由は、その記憶に深く刻まれた“わだかまり”を消すこと-。そのため佐々木さんは、ハワイ・真珠湾に向けて旅立ったのだ。

“心の終戦”の第一歩が始まった

日米両国から約270人参加した現地でのセレモニー。

参加者のなかには、原爆投下を命令したハリー・S・トルーマン元大統領(1884~1972)の孫や、日本の東條英機元総理(1884~1948)の曽孫など、さまざまな思いを抱く関係者の姿も見られた。

トルーマン元大統領の孫、クリフトン・トルーマン・ダニエルさんは「被爆者した方々が、私たちに伝えたのは非難でも復讐でもありませんでした。お互いに二度と同じことを繰り返さないで欲しい」と挨拶した。

参加者たちは、日米両国の市民が心の奥に抱える「悲しみや恨みを消したい」という願いを込めて、原爆の残り火を共に吹き消した。

佐々木雅弘さんは「いままであった憎しみを消すことで、平和の火、希望の火に変わった。“心の終戦”の第一歩が始まった」と静かに話す。

日米両国の参加者は、かつて戦争が始まったこの場所で平和の署名を交わし“心の終戦”を宣言した。

終戦から81年。いま本当の意味での「Remember Pearl Harbor」へ。

(テレビ西日本)

テレビ西日本
テレビ西日本

山口・福岡の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。