2025年11月に大分県大分市佐賀関で発生した大規模な火災から、18日で半年となった。
平穏な日常を一変させ、失われたものも多くあったが、それでも佐賀関の人たちは立ち上がり、着実に前へと歩んでいる。
自宅が全焼した漁師の男性は佐賀関の地での生活を取り戻そうと歩みを進めている。復興への思いなどを取材した。
2025年11月発生した大規模な火災では196棟が被害に
2025年11月18日。真っ赤な炎に包まれた佐賀関の住宅街。
196棟が焼け、焼損面積は約6万3900平方メートルに及んだ。
「僕は自分の家に火がつくのを見ていた。そこで見ていた」
こう話すのは漁師の永倉和久さん39歳。兵庫県出身で、12年前に一本釣りの漁師を夢見て佐賀関に移住してきた。

全焼した自宅は更地に
被害の大きかった田中地区にあった永倉さんの自宅は全焼。立ち入り許可が出た際には毎日訪れたが、漁の道具、そして、大切な思い出の品は燃えてしまい、何もかも失ってしまった。
永倉さんは「命あるだけいいとか、家はなんとかなるからとか言われたりするが、それだけじゃない。息子の大事なものが燃えてしまったのが、僕は残念」と話す。
家族の思い出がたくさん詰まっていた永倉さんの自宅。4月末に公費解体が終わり、更地となった。

燃えてしまった自転車を保管「火災の教訓を語り継ぐ」
ーー永倉和久さん
「当然寂しいし、燃えてほしくなかったのが一番。一番だが公費解体も始まって、なかなか(住民が)全員帰ってくることは難しいかもしれないが、 一人でも多く帰ってきてもらえたら」
永倉さんは燃えてしまった息子の自転車をいまも大切に保管している。
永倉さんが住む被災した地区では、視察の受け入れを始めていて、永倉さんも火災の教訓を語り継いでいきたいとしています。焼けてしまった自転車が、子供たちなどに説明するときの教材となるのではないかと永倉さんは考えています。

