東日本大震災のボランティアをきっかけに気仙沼市に移住し、4月、宿泊施設を開いた男性がいます。
目指すのは”完成しない宿”。その思いを伺いました。
渡邊国権さんと妻の千晶さん。東日本大震災のボランティアをきっかけに、4年前、神奈川県から気仙沼市に移住してきました。
2人は4月、まちを見渡せる高台に、1日1組限定の宿、「KESENOMA」をオープンさせました。
この日は関係者や知り合いを招き、お披露目会が開かれました。
築50年の古民家をリノベーションした「KESENOMA」。歴史が刻まれた寝室の神棚やリビングの梁などはあえて、そのままに。家族や仲間とゆったりと過ごせる”間”を意識したそうです。
渡邊国権さん
「準備しながら不安だったので、みんなの反応を見られてすてきな反応をいただけて、ここまで走ってきて良かったなって。ほっとしています」
訪れた人
「ボランティアにきていただいた時点で、地元の人間としてすごくありがたいことだし、気仙沼に定住してくれるというのはありがたいことだし、新しい視点とか選択肢を増やしていける仲間。すごくうれしい」
「心の復興は人それぞれ。ハード面の復興はかなり終わっていると思っていて、そのうえでもっと気仙沼をおもしろくしようというフェーズに入っている。この宿はそれに一役買ってくれると感じている」
オープン2カ月前…渡邉さんは準備に追われていました。
渡邊国権さん
「全然うまくできない」
震災後のボランティアの際、人の温かさに触れ、気仙沼市への移住を決意したという渡邉さん。宿の未来をこう話してくれていました。
渡邊国権さん
「この宿ができて気仙沼が変わるとは全く思っていないんですけど、この宿をきっかけに、気仙沼の大好きな自然だったり、文化に触れあう人が来るきっかけづくりの場所になったらいい」
移住して大きく変わった日常。
渡邉さんは、気仙沼市で5歳、3歳、1歳の子供3人を育てる父親でもあります。
移住して新しい挑戦をする。妻の千晶さんは知らない土地での生活に移住した当初、少し不安を感じたそうですが、今では、気仙市での暮らしを楽しんでいます。
渡邊千晶さん
「神奈川の時は私たちと実家くらいしか関わる人がいなかった。ここに来たら色んな人と関わりながら、子育てできるのはすごくいい」
震災後、人口減少が進む気仙沼市。
渡邉さんは、震災直後に見た気仙沼市の景色が、今の”原動力”だと感じています。
渡邉国権さん
「(当時)まちの状況が大変な状況ではあったんですけど、僕自身が気仙沼市、特に唐桑町の人に元気をもらった。僕が気仙沼のためにみたいなのはおこがましいと正直思っていて、色んな形で対話と共同が生まれるようなことはやっていきたい」
震災から15年を経て気仙沼市に生まれた、移住者がつくった宿。現在も改修中とのことですが、渡邉さんは、これからも地元の人とともに、つくり続けていきたいと考えています。
渡邉国権さん
「ずっと完成しないままでも、いいのかなと思っている。ちょっとずつ皆さんの意見を聞きながら、完成しない宿でいきたい」
(KESENOMAは、大人2人で利用した場合、1泊2万円となります。3人以上で利用の場合は、年齢によって料金が異なりますので、詳しくはホームページをご確認ください。)