「水かけ祭り」として知られるタイの旧正月「ソンクラーン」が、4月13日から15日にかけて行われた。
水しぶきが飛び交い、笑顔があふれる光景は、いつもと変わらない。
しかしその裏で、今年は人々の移動に変化が生じていた。
中東情勢の緊迫化に伴う燃料価格の高騰を背景に、タイは“新たな日常”に直面している。
水しぶきに包まれた首都バンコク
バックパッカーの聖地として知られる首都バンコクのカオサン通りでは、昼間から熱気に包まれていた。
水鉄砲を手にした人々が通りを埋め尽くし、観光客も地元の若者も入り交じって、水を浴びせ合う。
取材中も背後から突然、バケツ一杯の水を浴びせられた。
抵抗する間もなく、カメラも服も一瞬で水浸しになった。
いたるところから歓声が上がり、通りは巨大な「水の戦場」と化していた。
もともと「ソンクラーン」は、仏像や年長者に水をかけて清め、無病息災を願うとされる伝統行事だ。
それが近年では、水をかけ合う祭りとなって、国内外から観光客を集める一大イベントとなっている。
一方で、外国人観光客からは物価の上昇を実感する声も聞かれた。
背景には、足元で進むエネルギー価格の上昇がある。
実際タイでは、ガソリン価格が大きく上昇している。
3月上旬には、1リットルあたり約39バーツ(約195円)だったが、1カ月後には約52バーツ(約260円)前後にまで跳ね上がった(1バーツ:5円で計算)。
「車では帰れない」変わる帰省の選択
タイのソンクラーンは、日本の正月のように帰省の時期でもある。
バンコク北部のバスターミナルでは、地方へ向かう人々が列をつくり、出発を待っていた。
席に座れず、床に腰を下ろす人の姿も目立つ。
燃料価格の高騰により、これまで自家用車で帰省していた人たちの一部が、より安い長距離バスへと移動手段を切り替えているのだ。
タイ人利用客:
オンラインチケットも満席で、ここでもなかなか買えなかった。
タイ人利用客:
車だと高いので、バスの方が節約になる。
国営バス会社によると、バンコク発着の長距離バスの利用者数は、ピーク時に1日16万~18万人規模と、2025年と同水準か、それ以上になったとみられている。
観光にも広がる影響
影響は帰省にとどまらない。
バンコクを流れるチャオプラヤ川では、観光ボートの乗り場に手書きで修正された料金表が掲げられていた。
川沿いに建つ寺院「ワット・アルン」などを望む人気ルートだが、3月以降、2度の値上げで計4バーツ(約20円)引き上げられた。
その後、ディーゼル燃料の一時的な下落を受けて、5月からは一部値下げも予定されているが、観光客の受け止めは敏感だ。
オーストリア人観光客:
ひどいですね。このままでは暮らしにくくなってしまうと思います。
日本人観光客:
安いタイを想像して来たのに、値上げが続くとなると残念です。
日常の足にも直撃
さらに影響は、日常の足にも及んでいる。
古都アユタヤとバンコクを結ぶ乗り合いバンは、通勤や通学、観光客の移動を支える重要な交通手段だ。
しかし、ここでも変化が起きていた。
運賃は4月から、一律10バーツ(約50円)値上げされ、片道80バーツ(約400円)に。
さらに、1日50~60便あった往復便は、約30便にまで減らされた。
運転手は「燃料費が高騰しているので、利益がほぼありません」、「戦争の影響が一般人にまで及んでいます。無関係な人が巻き込まれ、苦労を強いられています」と、厳しい現状を語る。
ゾウも「歩いて出勤」
さらに、タイ観光を象徴する存在にも影響は広がっている。
アユタヤでは、遺跡群をゾウに乗って巡るツアーが人気を集めてきた。
これまでゾウは、トラックで観光施設まで運ばれていたが、燃料不足の影響で十分な輸送が難しくなった。
そのため、ゾウが自ら歩いて“出勤”する光景が見られるようになった。
道路をゆっくりと進むゾウ。車の脇をすり抜けながら、約3kmの道のりを1時間かけて歩いていく。
施設ではゾウの負担を減らすため、働く頭数を半分近くに減らした。
しかし、餌の運搬など今後の影響は避けられない可能性がある。
施設の責任者:
ゾウ乗りはタイ観光の目玉です。閉鎖は考えていません。みんなで協力して、この状況を乗り越えたい。
それでも、人々は祝う
水しぶきの向こうで、遠くの戦争が人々の動き方を変えている。
それでも、にぎわいと笑顔は変わらない。
アイルランド人観光客:
状況はとても厳しいですが、それでもこうしてソンクラーンをお祝いできるのは、いいことだと思います。
4月に発足したタイの新政権は、国民にエネルギーの節約を呼びかけ、「新しい生活に慣れる必要がある」としている。
祝祭の熱気の中で、タイは“新しい日常”へと向き合い始めている。
