最近では、歴史上の人物をAIとして再現し、質問できるような学習も考えられています。これは、学びの入り口としては、とても面白い試みです。

ただし、ここには重要な前提があります。歴史の資料からわかるのは、「何が起きたのか?」「どんな行動をとったのか?」という事実。「そのとき、どんな気持ちだったのか?」については、多くの場合、書き残されていないのです。

(イメージ)
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それにもかかわらず、AIはまるで本当にそう思っていたかのように、感情を語ってしまうことがあります。

これをそのまま信じてしまうとしたら、それはAIリテラシーが十分だとはいえません。事実を聞くことと、気持ちを断定することは、次元が違います。この違いを、大人が意識して伝えていく必要があるのです。

「関係を築くこと」はAIにできない

最近では、赤ちゃんの泣き声から感情を推測するAIなども、子育て支援アプリとして開発されています。これは、私はとても意味のある取り組みだと思っています。

不安なときの手がかりになる。
一人で抱え込まなくて済む。

その点で、AIはたしかに支えになります。

ただし、ここでも同じ境界線があります。

「この子、なんで泣いているの?」とAIに聞いて、それだけで赤ちゃんを見ない、抱きしめない、声を聞かないとなってしまったら、大切なものを失ってしまいます。

赤ちゃんの気持ちは、抱きしめながら、観察しながら、わからなさと一緒に向き合うなかで、少しずつわかっていくものです。AIはヒントをくれるかもしれません。

しかし、関係を築くことそのものを代わってくれるわけではありません。

もちろん、AIを使うこと自体を否定したいわけではありません。たとえば、