テレビ宮崎の榎木田朱美社長がアナウンサー時代に手掛けた取材とアーカイブ素材から、「今」につながる様々な出来事をひもとく特別企画。今回は2006年の宮崎市街地で「シカ出没」を捉えた衝撃のアーカイブ映像と共に、人間と野生動物との「境界線」について考えます。

今から20年前の2006年(平成18年)9月。のどかな日常が続く一方で、山間部では野生動物による「鳥獣被害」が、静かに、しかし確実に深刻化し始めていた時期でもありました。そんな中、宮崎市の中心部を流れる大淀川でシカが出没しているという、誰もが耳を疑うニュースが飛び込んできました。
始まりは「角のある大きな犬?」
2006年9月13日、午前8時半ごろ。宮崎市大淀川の平和台大橋下流にある出水口公園近くで、散歩中の男性が「奇妙な動物」を発見しました。

第一発見者:
最初は、犬がいるんだな、放し飼いにしているんだな、と思っていたが、頭に角が出ていたのでシカだとわかった。普通の犬より大きいですね。もう速いですよ。自転車でも追いつきません。階段や堤防の坂を登るのも、すごい速さです。
目撃されたのは、1頭のシカ。男性が堤防の上に追い上げると、シカは大淀川沿いに逃げ、平和台大橋近くの茂みに身を隠しました。市街地の中心部に野生のシカが現れるという極めて珍しい事態に、現場は一気に緊張感に包まれました。
川を泳ぎ、網をすり抜ける
シカは茂みの中に隠れたまま膠着状態が続き、昼前には市の職員や動物園のスタッフなど約50人が出動し、大規模な捕獲作戦が始まりました。

茂みの周囲に網を張り、追い詰めようとする職員たち。しかし、シカは驚くべき行動に出ます。

目の前の大淀川へ飛び込み、ゆうゆうと泳いで、そのあとは川面を飛び跳ね、対岸へ渡ったのです。

「大淀川でシカを見たのは初めて」と驚く市民たちを尻目に、シカは堤防沿いを猛スピードで駆け抜け、さらに上流へと逃走しました。

榎木田朱美アナ(当時):
現在時刻は午後1時です。向こう岸には警察官の姿が見えますが、どうやらシカの姿を見失ってしまったようです。
シカは、川の上流にある茂みに逃げ込み、行方が分からなくなりました。この日の捕獲作戦は、日没とともに打ち切られました。
2日目、上流でシカを上流で発見
翌14日の昼過ぎ、シカはさらに大淀川を更にさかのぼり宮崎市と国富町の境に近い川沿いにいるのを目撃されました。

シカを目撃した女性:
洗濯物を干しながらふっと見たら、黒いのが動いていて。ドーベルマンにしてはおかしい、角がある、シカじゃないか!とびっくりしました。

近くには、交通量の多い道路が走っていて人家もあることから、市の職員たちは橋の下に網を張り、捕獲作戦を再開します。川沿いにやってくるシカを捕獲する作戦でしたが、しかし、シカは数メートル手前で異変を察知。堤防を駆け上がり、今度は広大な田畑の中へ逃げ込みました。

その後も市の職員たちが必死に追いかけますが、若いシカの脚力には及びません。田んぼの中を縦横無尽に駆け回るシカの姿を最後に、その行方は分からなくなりました。
「ほのぼの」では済まされない
なぜ、野生のシカが、街中に出没したのか。当時、現場で取材にあたった榎木田アナは、県総合博物館(当時)の末吉豊文さんにインタビュー取材しました。

榎木田朱美アナ(当時):
このシカは、まだ若いシカですか?
県総合博物館 末吉豊文さん(当時):
そうですね。角の特徴から、1歳のオスジカだと思います。
榎木田朱美アナ:
このように、街の中に出てきた理由としては、どういうことが考えられますか。

県総合博物館 末吉豊文さん:
2004年(平成16年)の推定では宮崎県内に約4万5000頭います。要因としては、シカの生息頭数が増えていることがあると思います。昔は山の中に住んでいたのが、生息頭数が増えて、人の近くに降りてきて。そしてたまたま、今回は川沿いに下ってきてしまったと、いうことだと思います。

人を見つければ、野生動物は人間が怖いので、まずは逃げるんですが、たまたまばったり出くわしたり、人間がある程度追い詰めていくと、「キュン、キュン」という警戒音や警告音を出します。それでも人間が追い詰めれば、危害を加えるようなことになるかもしれません。
ほのぼのとした話題として捉えられるかもしれませんが、実は人間と自然というのがある程度の距離を保つ必要があります。ですから、今回の事象というのは、ほのぼのとして見るよりかは、もう少し深刻に考えていった方がいいと思います。

繁殖期に入り気が荒くなった大人のシカであれば、人への危害もあったかもしれない。この出来事は、山のバランスが崩れ、野生動物が里へと下りてこざるを得なくなった「時代の変化」を告げる予兆でもあったのです。
榎木田社長の回想:街に迷い込んだ「山の命」
あの日は、テレビ宮崎の裏の公園にシカが出た、という一報が入って。その時別の取材途中だったのか、それを聞いて飛び出したのか、記憶はあいまいですが、とにかくシカを追いかけていったことは鮮明に覚えています。
シカに翻弄される皆さんを見ながら、とにかくリポートしようとしました。でも、本当に捕まえられない。こんなに捕まえられないの?あんな大きなの、見えてるのに?と思っていたんですけど、やっぱり逃げ足は早くて、すごくジャンプして、しかも泳いでいくので…野生動物なので、そうそう簡単には行かないなと実感しました。

シカも来たくて来たわけじゃないのに、という想いもすごくあって。人間のテリトリーに来たばっかりに、こんな風に追いかけ回されて可哀想、という気持ちもありました。一方で、シカもイノシシも、本当に山に餌がなくなって、人間のテリトリーに来ないと行けない状況になってきてるんだなっていうところで、専門家の先生の話しを聞いた時に、「本当はほのぼのとした話題じゃないですよ」といことを言われて、鳥獣被害のことや、「動物と人間との境界線」という部分をニュースの大きなテーマとしてお伝えした記憶があります。

そして、いま東北で大きな問題になっているのは「熊」ですよね。自然豊かな宮崎で、自分たちが自然と共存するにはどうしたらいいんだろうと、この頃から思っていましたが、これが「熊」となったら話は別だと思います。宮崎には熊はいませんが、動物と人間との共生の難しさは、ずっとこれからもテーマになっていくと思います。あの時に末吉先生が警鐘を鳴らされてましたけども、これは我々に、いま返ってきてるんだなと思います。
2026年現在の視点
大淀川を泳ぐシカの姿に驚いた2006年。あれから時が経ち、現在では野生動物との共生や対策はより切実な課題となっています。過去のニュース映像は、私たちの街と自然の境界線がどのように変化してきたかを静かに物語っています。
2026年現在、野生動物が市街地に出没するニュースは、もはや珍しいものではなくなりました。「アーバン・ベア」や「アーバン・ディア」という言葉が定着し、かつては山間部の悩みだった獣害は、都市部の安全保障の問題へとフェーズを変えています。

12年前、約4万5000頭だった県内のシカの生息数は、その後の捕獲強化や管理計画によって一定の推移を見せていますが、人間と野生動物の「適切な距離」はいまだに見つかっていません。テクノロジーが進歩し、AIやドローンでの監視が可能になった今でも、最後に問われるのは、私たちがこの大地で他の命とどう共生していくかという覚悟ではないでしょうか。
(テレビ宮崎 アーカイブ企画班)