ワシントンの記者会主催の夕食会で起きた銃撃事件は、トランプ大統領の支持率を押し上げることになるのだろうか。

会場にはおよそ2000人の報道関係者が集まり、その眼前で起きた事件はテレビの生中継を通じて世界に配信された。保守、リベラルの違いを超えて、メディアは一様に暴力を否定し、表現の自由の重要性を強調した。

「旗の下の結集」の歴史

米国には「旗の下の結集(rally ’round the flag effect)」と呼ばれる現象がある。国家的危機――とりわけ大統領暗殺や暗殺未遂のような衝撃的な事件の直後には、国民の支持が大統領に集まり、党派対立が一時的に後景に退くとされる。

暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領(1963年)
暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領(1963年)
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歴史を振り返れば、その典型は1963年である。ジョン・F・ケネディ統領が暗殺された際、米国は政治的立場を超えて深い喪に包まれた。ワシントンでは約25万人が道路沿いに並び、葬列を無言で見送った。共和党も事実上の政治休戦に入り、後任のリンドン・ジョンソン政権の政策遂行を支えた。国全体が「国家の連続性」を守る方向に動いたのである。

この直後、レーガン大統領は銃撃を受けた(ワシントン・1981年)
この直後、レーガン大統領は銃撃を受けた(ワシントン・1981年)

1981年には、ロナルド・レーガン大統領が暗殺未遂に遭った。この時も国民は星条旗の下に結集し、支持率はおよそ7~8ポイント上昇した。手術直前、レーガンが執刀医に「あなたは共和党員でしょうね」と語りかけたと伝えられるエピソードは広く共有され、「レーガンは大丈夫だ」という安心感が社会に広がった。

ペンシルベニア州で演説中に狙撃されたトランプ氏(2024年7月)
ペンシルベニア州で演説中に狙撃されたトランプ氏(2024年7月)

そしてトランプ大統領である。2024年7月、ペンシルベニア州の集会で演説中に狙撃され、右耳の上部を負傷した。シークレットサービスに抱えられながら退避するその姿は、耳から血を流しつつも「ファイト、ファイト」と叫び、拳を突き上げるものだった。背後に星条旗が翻るその瞬間は写真にも収められ、瞬く間に世界に拡散した。

筆者はこの時の映像を生中継で見ていたが、それは米国人が好む「逆境に立ち向かう指導者像」を体現するもののようにも映った。それまでトランプ氏は、複数の刑事裁判を抱え、一部では有罪判決も受けており、大統領選では不利と見る向きが多かった。しかし、この事件を契機に流れは変わった。結果としてトランプ氏は、勝敗を左右するいわゆる「スイング州」7州すべてを制し、ホワイトハウスへの復帰を果たした。

中間選挙への影響は

では今回の事件はどうか。現場にいた記者たちの反応を見る限り、少なくとも一時的には「旗の下の結集」に近い空気が生まれているようにも映る。トランプ大統領も事件直後の記者会見で、党派や思想を超えた団結を呼びかけた。

今回の事件後、記者会見を行ったトランプ大統領(4月25日)
今回の事件後、記者会見を行ったトランプ大統領(4月25日)

興味深いのは、その語り口である。「こんなことで楽しみにしていた夕食会ができなかったのは残念だ。やり直そう。30日以内にもう一度やろう」。暴力に屈しないという強気と、日頃は厳しく対峙するメディアとの関係をあえて修復しようとする計算も透けて見える。

もっとも、1960年代や1980年代と現在とでは、米国社会の分断の深さは大きく異なる。かつてのように国全体が一方向に収れんするかどうかは見通せない。メディア環境の変化もあり、「結集」は起きても短期的、限定的なものにとどまる可能性がある。

シークレットサービスによって会場から退避させられたトランプ大統領
シークレットサービスによって会場から退避させられたトランプ大統領

中間選挙まで残り半年。この事件が、分断の進んだアメリカにおいてどこまで支持回復につながるのか――その行方を見極める必要があるだろう。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。