震災から15年、2011年の4月22日は国からの避難指示が大きく変わった日だ。それまでと一転、全村避難を余儀なくされた村はあの時何を思っていたのか。

「なかなか、似てるっていう人もいるし、似てないって言う人もいますけど」
震災後に贈られたという自身のレリーフの前で微笑むのは、福島県飯舘村の菅野典雄(かんののりお)元村長だ。

■2011年4月、国の方針は全村避難へ
枝野幸男官房長官(当時):「計画的避難区域といたしました」
テレビで見守っていた当時の菅野村長は「憤りを感じますし、残念でなりませんし、ただなんともやっぱり。これでギブアップするつもりはありません」と話した。
福島第一原発から20キロ圏外、それまでは避難指示の外にあった飯舘村だが、放射性物質が北西方向に流れ4月22日、「計画的避難区域」に指定。区域の指定から1ヵ月を目途に避難することとなった。

■村の人口は4分の1に
「私の、場合によっては一存で、村民を左右するということもあるし、絶対にやっぱり守っていかなければならない。あっという間に体重が減りましたね」と菅野さんは当時を振り返る。
当初、2年以内の帰還を目指していた飯舘村だが、大部分の避難指示が解除されたのは2017年。当時6千人あまりだった村の人口だが、いま、村内の居住者は1508人、その4分の1ほどだ。

■村にいる人たちを大事に
菅野さんは、震災を経験してもなお、この村の魅力を感じてここにいる人たちを大事にすべきだと話す。「いかに村民の方なり移住してくる人なりの心に寄り添って、色々な応援をしていくかということ。ないものねだりをするのではなくて、あるもの探し、あるものを活かしていく、そういう形をしていくことが、これからの大切な自治体の生き残り策になるのではないか」菅野さんはそう語った。

福島テレビ
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