第二次世界大戦が終わってから現在まで、「欧米」という言葉は単なる地域の名前ではなく、同じ価値観や利益を持つ強力なグループを指してきた。

しかし、トランプ大統領が再びアメリカ外交をリードしようとする中で、その絆の象徴であるNATO・北大西洋条約機構からの離脱や関わりの縮小を口にしている。

NATO離脱を「真剣に検討」とまで発言した
NATO離脱を「真剣に検討」とまで発言した
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この動きはアメリカとヨーロッパの間に深い溝を作っているだけでなく、これまで当たり前だと思われてきた「欧米」という括り方そのものが本当に正しいのかという疑問を突きつけている。

アメリカ・ファースト

トランプ大統領が唱えるNATO離脱論は、決して突然現れたものではない。

彼が9年前に初めて大統領に就任して以来、アメリカは「自国を第一に考える」という姿勢を強め、多くの国で話し合うよりも二国間で直接利益をやり取りすることを重視してきた。

特に、ヨーロッパ諸国が防衛費をアメリカに頼りすぎているという不満は強く、こうしたトランプ大統領の態度は、安全保障の要であるヨーロッパ諸国に強い不安を与えた。

鉄の結束が冷めたビジネス関係へ

もしアメリカのリーダーが「仲間が攻撃されたら助け合う」というNATOの約束に疑いを持てば、戦後ずっと続いてきたアメリカの力によるヨーロッパの安定は足元から崩れてしまう。

NATOのルッテ事務総長
NATOのルッテ事務総長

こうした不信感から、ドイツやフランスなどはアメリカに頼りすぎない「自立したヨーロッパ」の道を本気で探し始めた。

かつては鉄の結束を誇った同盟も、今や防衛予算の数字や利害関係だけでつながる、冷めたビジネスのような関係に変わりつつある。

この対立が一過性のものなのか、それともアメリカの戦略が根本から変わってしまった結果なのか、今後我々はそれを冷静に見極めなければならない。

アメリカとヨーロッパのすれ違い

そもそも「欧米」というまとめ方が成り立っていたのは、自由や民主主義、法の支配といった共通の理想があったからである。

しかし、今のアメリカで見られる「自分の国さえ良ければいい」という保護主義的な動きは、ヨーロッパが大切にしている国際的な協力や人権・環境のルールとはかみ合わなくなっている。

アメリカが自ら作り上げてきた自由な貿易の仕組みを、自ら壊そうとする姿は、ヨーロッパの目には国際秩序を内側から乱す行為として映っている。

経済面でも“欧”と“米”で距離が

経済の面でも両者の距離は広がっている。

アメリカが国内の産業を優遇するために巨額の補助金を出したり、関税発動や半導体輸出規制など中国に対して先制的な経済圧力を加える一方で、ヨーロッパにはそこまで踏み切れない事情があり、温度差が目立っている。

かつては協力し合うパートナーだったが、今では経済安全保障上の協力さえも一筋縄ではいかない。こうした状況では、アメリカとヨーロッパを一つの「陣営」としてまとめるは難しいと言えよう。

歴史の中の「欧米」

歴史を振り返れば、「欧米」という括りは冷戦時代にソ連という共通の敵がいたからこそ、うまく機能していた。

敵がいる間は、小さな違いには目をつぶって団結できたのである。

ベルリンの壁の崩壊 1989年
ベルリンの壁の崩壊 1989年

しかし、ソ連が崩壊して30年以上が過ぎ、中国が台頭し、グローバルサウスに代表される途上国が力を増す現代の複雑な世界では、この古い枠組みはむしろ現状を見誤る原因になりかねない。

アメリカとヨーロッパは一心同体ではない

アメリカは自国の利益に閉じこもり、ヨーロッパは自分たちの身を守ることを優先しており、両者の視線はもはや同じ方向を向いてはいない。

アメリカがナショナリズムを強め、ヨーロッパが独自の生き残りを模索する時、両者の間にあるのは共通の理念ではなく、個別の利益をどう調整するかという妥協点探しになる。

トランプ大統領の発言は、こうした時代の変化を分かりやすく映し出しているに過ぎない。つまり、問題の本質は特定の政治家の言葉にあるのではなく、20世紀に当たり前だった「アメリカとヨーロッパは一心同体」という前提条件そのものが、すでに失われつつあるという現実にある。

これからの世界を分析する時、「欧米」という言葉を前提にすることは、今の複雑な対立や協力関係を捉えるには不十分である。これからは、アメリカとヨーロッパをそれぞれ別の優先順位で動く「独立した二つの勢力」として捉える方が、事態を正確に理解できると言えよう。

複雑で多層的な世界

もちろん、長い歴史で築かれた文化的な近さや、似たような政治制度がすぐになくなるわけではない。

しかし、安全保障や経済、国際的なルールといった実務的なレベルでは、両者の溝は埋めがたいほど深まっている。

我々が信じてきた「欧米の団結」が揺らぐ中で、世界を「味方か敵か」といった単純な図式で見るのではなく、より複雑で多層的な構図として描き直す時期が来ている。トランプ大統領によるNATOを巡る議論は、我々がそうした新しい考え方に切り替えるための、大きなきっかけであると言えるだろう。

【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】

和田大樹
和田大樹

CEO, Strategic Intelligence Inc. / 代表取締役社長
専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障、地政学リスクなど。海外研究機関や国内の大学で特任教授や非常勤講師を兼務。また、国内外の企業に対して地政学リスク分野で情報提供を行うインテリジェンス会社の代表を務める。