岩手県釜石市に4月2日、全国の強豪校の選手が集結し交流試合を行いました。
ハイレベルな攻防を繰り広げた後、選手たちは地元の高校生から東日本大震災の教訓を学びました。
東日本大震災の復興の象徴として2018年に建てられた釜石鵜住居復興スタジアムに、2日、奈良の名門・天理高校や花園3連覇を果たした神奈川の桐蔭学園など全国の強豪16校から約540人のラガーマンが集いました。
交流試合は今回で4回目の開催です。
この日は、選抜されたトップ選手54人によるドリームマッチが行われました。
各学校の仲間たちが声援を送る中、キックオフです。
選手たちはブラックチームとレッドチームに分かれ、激しい攻防を繰り広げました。
高校トップレベルの突破力や技術が随所に見られたこの試合は、仙台育英の選手などが活躍を見せたブラックチームが29対10で勝利を収めました。
この交流試合、ラグビーだけを目的としたものではありませんでした。
選手たちは試合の後、15年前(2011年)釜石市に大きな被害をもたらした東日本大震災について学びます。
2日は、釜石高校の有志でつくるグループ「夢団」が語り部活動を行いました。
夢団の一員で釜石高校ラグビー部の菊池眞暖さんは、震災当時1歳でした。
義理の叔父が津波の犠牲となっていて、親族からは「最後になると分かっていたら、もっと話をしたかった」という言葉を何度も聞いたと言います。
夢団 釜石高校ラグビー部 菊池眞暖さん
「災害はかけがえのない日常を、一瞬にして奪ってしまいます。あの時こうしてあげられれば良かった。こう言えばよかった。もう一度会いたい。失われた命は元に戻りません。だからこそ、今ある幸せを守るべきではないでしょうか」
同じ高校生が伝える15年前(2011年)の出来事に、全国の高校ラガーマンは真剣な表情で耳を傾けていました。
大阪府・常翔学園高校 廣瀬大悟選手
「普段大阪に住んでいて、震災とか津波とかないところで住んでいるけど、現地の人の生の声が聞けて実感が湧いた」
愛知県・名古屋高校 安東彪冴選手
「悲しみとか、心に刻まれた痛みというのは、まだ消えていないなと思った」
この被災地を舞台にした交流試合には仕掛け人がいました。森闘志也さんです。
2006年まで釜石シーウェイブスの選手として活躍し、引退後はチームのスタッフを務めています。
釜石シーウェイブススタッフ 森闘志也さん
「震災を経験したことのない世代の子たちに、誰も犠牲にしない、悲しい思いにさせないというのも感じてもらえるような交流会にしたいと」
震災の当日、釜石市内の製鉄所に勤務していた森さん。
津波が製鉄所前の道路で渋滞していた車を押し流していたなか、森さんは車内に取り残された人の救助に当たりましたが、目の前で救えなかった命もありました。
釜石シーウェイブススタッフ 森闘志也さん
「助からなかった人の思いというのは、どういった思いだったのかなというのは、15年たった今でもすごく考える日々がたくさんあって。じゃあ私にできることって何だと」
-自分にできる形で、未来の災害から命を守りたい-
この交流試合には、そんな森さんの強い思いが込められているのです。
奈良県・天理高校 村山颯馬主将
「自分たちも(震災を)経験していない部分もあるので、しっかり自分たちの地域に持ち帰って還元できるようにと思って、話を聞いた」
震災から15年、復興の象徴でもあるスタジアムに集結した高校ラガーマンたちは、ここで強い心・技・体を培うとともに、あの日の教訓を全国へと発信していきます。