春は出会いと別れの季節。北九州市の小学校で半世紀に渡り、子どもたちを見守ってきたひとりの女性が、静かに校舎を後にした。

“朝だけ”開店の文房具屋さん

北九州市小倉南区の沼小学校。午前7時半。「でかい消しゴムある?」。「連絡帳と名札、下さい」。ノートや消しゴムなど小学校での必需品が並ぶなか、お金を握りしめた子どもたちが次々に文房具を購入していく。

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営業は、朝の7時半から8時半の登校時間のみ。

しかし、この日はいつもと違った光景が、店先では繰り広げられた。

「おばちゃん、サイン下さい!」。2人の女の子が求めてきたのは、何と売店の“おばちゃん”のサインだ。

「中村さんのことを忘れてしまうかも知れないから」。「もうお別れになる」。女の子はそれぞれに売店の“おばちゃん”との別れを口にする。

子どもたちが、親しみを持って“おばちゃん”と呼ぶのは、中村葉子さん、85歳。中村さんは1975年の沼小学校の開校以来、51年に渡り子どもたちの学校生活を支えてきた。

しかし、この春で店を畳むことを決意したのだ。

「見つけたら挨拶してきてくれて、優しかった」(3年生・男の子)。「(中村さんは)優しい人。お金をなくさないように袋に入れてくれたりする」(2年生・男の子)と子どもたちも思い出を口にする。

店をたたむ中村さんは「『うわ~、辞めるの~?』ってね。言われたんですけどねぇ。元気なうちに辞めておこうと思ったんですよ。もう85歳ですからね」と話す。

子どもたちになくてはならない文房具の売店も、時が経つに連れ、近くにコンビニなどが増え、売り上げは減っていった。

「みんないい子でしたからね、優しくて。『おばちゃん、おばちゃん』って言ってくれてね。『続けてよかったな』と思いますね」と話す中村さん。

「悲しいです。売店を閉めて欲しくないし、中村さんとも会えなくなる」(5年生・女の子)。「すごく悲しいけど、ありがとうの気持ちでいっぱいです」(5年生・女の子)。子どもたちの思いも複雑だ。

親子2代で売店にお世話になった人も

2026年3月4日。中村さんの姿は、いつもの売店の場所ではなく体育館にあった。子どもたちが、感謝の気持ちを込めて『お別れの会』を開いたのだ。

温かい拍手とともに各学年の代表がメッセージカードを手渡す。会の最後には生徒全員による校歌の合唱。中村さんの目からは堪え切れずに大粒の涙がこぼれていた。

校歌の合唱のなか思わず涙が…
校歌の合唱のなか思わず涙が…

そして迎えた2026年3月24日。中村さんの売店、最後の営業日だ。

「『とうとう来たか』という感じ。(昨日の夜は眠れた?)寝られなかったですね。今朝も朝2時過ぎからずっと起きている」と話しつつも、いつものように売り場に立った中村さん。続々と子どもたちが訪れ、中村さんに一言二言、言葉をかけていく。

「うれしい。いつもこうして合間にね。こうして外を見ていたんですよ」と校庭を眺める中村さん。「『見られなくなるな』と思うと…、寂しい」。

最終日に訪れたのは、子どもだけでなかった。「お世話になりました。これからも健康に気をつけて」。保護者も、お礼を伝えに駆け付けた。訪れた2人は、親子で中村さんの売店にお世話になったという。

16歳になった女性は「いつも買い終わったら『いってらっしゃい!』って送り出してくれるんですよ。それが『お母さんみたい』と思って…」と懐かしそうに話す。

“51年分のありがとう”を受け取って…

中村さんが売店を始めた当時は、小学校に売店があるのも珍しくはなかった時代だ。しかし、2025年12月の調査では、北九州市立の127校の小学校のうち、沼小学校を含めて3校のみとなっていた。

“51年分のありがとう”を受け取った中村さん。午前8時半、51年に渡る店の営業が終わった。

「ほんと51年間ってね…。(きょうは)悲しいばっかりですね。寂しいです。『元気でね』とか『いままでありがとう』というのをたくさん頂きました。みんな素直で優しい子になってほしい」

子どもたちの成長を見守ってきた売店はこの日51年の歴史に幕を下ろした。

(テレビ西日本)

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