東日本大震災発生以来、食を通してふるさとへ貢献するという思いを胸に挑戦を続ける人がいます。15年変わらぬ思いは子供たちにも受け継がれています。

震災発生から15年を前にした3月2日、東京・築地でハンバーガーの新商品が発表されました。

企画したのは遠藤伸太郎さん(54)。石巻市出身で、仙台市で食品卸会社を経営しています。

食のみやぎ応援団代表理事「かね久」遠藤伸太郎社長(54)
「震災から15年という節目に、何かやりたいよねということから今回の企画が始まった。復興から発展へ、今回のご縁をきっかけにもっともっと宮城の食材、築地の食文化を全国・世界に広めていきたい」

築地場外市場は震災直後から石巻市内での炊出しや築地での物産展など被災地の支援を続けてきました。
震災発生から15年、宮城と築地の絆を形にし「100年先の食文化につなげたい」と遠藤さんが企画したのがこのハンバーガー。「築地100年バーガー」と名付けました。

その思いに築地場外市場の老舗牛肉店と松島町のハンバーガー店が賛同しました。
仙台牛と日高見牛のパティに仙台産のレタスなど宮城の食材を多く使っています。

試食した人
「すべてが一つ一つおいしい」
「食は人と人をつなげる力があると再認識した」

築地場外市場商店街振興組合理事長「近江屋牛肉店」寺出昌弘社長
「絆があってできたことをわかってもらって、意味があっておいしいものが作られていることが食べながら伝わればいい」

この15年、遠藤さんは食でふるさとに貢献するという思いを胸に様々な取り組みを行なってきました。

2011年3月11日。遠藤さんは石巻市にあった自宅を津波で失いました。
避難所で過ごした後、仙台に移りましたが、ふるさと石巻で炊出しを続けました。その時「食」の大切さに改めて気づいたそうです。

食のみやぎ応援団代表理事「かね久」遠藤伸太郎社長(54)
「温かいものを食べる時はうれしいというか、その時だけはちょっと忘れられるというのはあったと思う。(食は)命をつなぐものだと思っている」

それ以来、「食」を通して復興に貢献しようと「地域の食材」を活用し様々な業種と連携して新商品の開発に力を注いでいます。

遠藤さんが毎年3月11日に訪れる場所があります。兄・伸一さんの一家が震災前に暮らしていた場所です。

遠藤さんの兄・伸一さんは津波で3人の子供を亡くしました。遠藤さんにとってはおい・めいに当たる3人。花さん、侃太さん、奏さんです。

今年は遠藤さんの3人の娘も一緒に訪れていました。兄・伸一さんの子供たちと、同年代。小さい頃からきょうだいのように過ごしてきたといいます。

「毎年感じるが、もし生きていればと考える」
兄・伸一さんはめいたちの成長がうれしいと話しました。

伸一さん(57)
「一緒にきょうだいみたいに育ってきたので、めいっこたちにも申し訳ないことしたなとも思うし、精一杯生きてほしいし、頑張っている姿を見せてくれるのはうれしい」

遠藤さんの姿を見て育った娘もその背中を追うように挑戦を始めています。
2月、青葉区の百貨店で物産展に出店したクレープ店。店主は遠藤さんの次女・桃華さん(27)です。

桃華さんは大学卒業後、神戸で修行し、3年前に大阪で独立しました。いずれは宮城にも出店したいと話します。

この日は姉と妹も店頭に立ちました。

クレープえんどう(大阪市)店主 次女 桃華さん(27)
「小さい時からお父さんも食や宮城に関わることをやって育っていたので、宮城の食材を使って地元に貢献できるようなクレープ屋さんをやりたいと思っている。」

看板メニューは「ずんだ生クリーム」。宮城産の材料を使いずんだに馴染みのない大阪でも今や一番人気だといいます。
木製の看板は木工職人の伯父・伸一さんの手作りです。

桃華さん
「おじちゃんが作った看板がいろんな人の目にふれて、それが(亡くなった)いとこの3人の思いが看板につまっているので、これからも応援してもらいたい」

今年は韓国とタイへも出店するという桃華さん。父である遠藤さんは活躍に目を細めました。

遠藤伸太郎さん(54)
「(桃華は)地元の食材を前面に出してやってるし、それが地域にとっての恩返しというのもよく知っているし、よくやってもらっている感じはする」

遠藤さんもまた新しい活動を始めました。県産食材を使ったコロッケで地域を元気にしようという試みです。

遠藤伸太郎さん(54)
「ずっと挑戦し続けられるのはすごく幸せだと思う。震災から15年たっても想いは変わってない。これからも挑戦し続けると決めているので」

15年変わらぬ思い。娘にも引き継がれ、つながっています。

仙台放送
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