認知症ケアの技術を競う国際アワードがロンドンで開かれ、AIを搭載したスマートグラス「クロスセンス」が優勝した。
出品したのは、企業名も「クロスセンス」というイギリス企業。世界28か国から175件の応募があり、最終選考に残ったのは5社。優勝した企業には賞金100万ポンド、日本円でおよそ2億円が贈られた。
ファイナリストに残ったのは、スマートウォッチと家庭内センサーを連携させて認知症のある人の日課や行動を見守るシステムや、転倒や徘徊を予測する介護支援システムなど、いずれも現場の課題に直結する技術ばかりだった。
その中で最も高い評価を受けたのが、日常生活そのものに寄り添うクロスセンスだった。
世界一!認知症特化の実力を独自検証
クロスセンスは、利用者に話しかけ、会話を通じて行動を支え、認知機能への刺激も促すAI搭載のスマートグラスだ。さらに大きな特徴は、これが特定の専用端末だけのサービスではなく、世界中のさまざまなスマートグラスで使えるアプリとしての展開を目指している点にある。
実際に装着すると、重さは「少し度の強いメガネ」をかけている程度だ。レンズにはAIアシスタントの「ウィスピー」が現れ、利用者にやさしく話しかけながら行動を支援する。現在テスト段階で、2026年末の実用化を目指している。
記者が「紅茶を作りたい」と伝えると、ウィスピーはこう応じた。
「ではまず、ケトルを用意して、新しい水を入れるところから始めましょうか」
さらに記者が歩きながらケトルの場所を尋ねると、
「ケトルはシンクの右側のカウンターにあります」と案内した。
記者が「やっぱり、ミルクティーにする」と伝えると、冷蔵庫を探すように促し、冷蔵庫が視界に入ると、ケトルと同じように場所を教えてくれた。
【クロスセンスができること】
・手順を一つずつ示す支援(料理や着替えなどの場面で、順を追ってサポートする)
・心の支えとなる支援(不安がないかを確かめ、安心できるよう声をかけたり励ましたりする)
・時間や予定に関する支援(会話の中で出てきた予定や服薬、約束に合わせて音声で知らせる)
・顔や人を思い出すための支援(「この人が誰かわかりますか」と尋ねながら、記憶を助ける)
・「さっき何をしていたんだっけ?」への支援(その日の会話や目にしたものを手がかりに、状況を一緒にたどる)
・言葉が出てこないときの支援(目の前にある物の名前を思い出せるよう手助けする)など
同じ空間で同じルーティーンを繰り返せばAIが学習し、よりスムーズに意思疎通がとれるという。一方で、記者が体験する中で、パッケージやラベルの似ている牛乳と豆乳の区別がつかない、複数の人が一斉に話したり、言語が途中で変わったり(日本語と英語)するとフリーズする、などの課題も見られた。
「認知症でも1人暮らし」が可能に?
認知症は、日本では65歳以上の約8人に1人と推計される。一方イギリスでは、3人に1人が生涯で発症するとされている。
70歳のキャロルさんは、認知症の初期と診断された。記憶や認知機能が低下していくことに強い不安を感じているという。それでも、スマートグラスを体験してみて、確かな支えがある日常を想像できたという。
軽食を準備するときも、予定表を確認するときも、日々の動作をひとつひとつ後押ししてくれることで、「自分の力がまだ残っているように感じられる」と話す。
キャロルさんは、認知症とともに生きる不安を率直にこう語る。
「記憶や認知機能を失っていくのは、とても怖いこと。そして、自立を失うと自分の世界がどんどん狭くなってしまいます。だから私にとって、このメガネは世界を開いたままにしてくれる道具なんです。人とのつながりを保ち、ひとりで暮らし続けるためのものです」
そのうえで、こう続ける。

「私はひとり暮らしが好きなんです。誰かに一緒に住んでもらいたくはありません。自分で体を洗って、お昼を用意して、寝ることができる、そういう生活を続けたいんです」
キャロルさんにとって、ウィスピーは単なる音声案内ではない。日々の生活のなかで、そばにいてくれる存在でもある。
「ウィスピーは、温かい飲み物を安全に作る方法を、一つひとつ順を追って話してくれます。その『安心感』が大きい。まるで、自分の能力がまだちゃんとあるみたいに感じられる。実際には、自分の能力を誰かに頼らずに広げてくれているようなものなんです」
車の運転や買い物、多言語サポートも視野に
こうした技術の価値について、クロスセンスのスチェパン・オルリンスCEOは、単なる「見守り」や「作業支援」にとどまらない点にあると強調する。
背景には、日常生活で困難が増えることで自信を失い、不安や恥ずかしさから、人と話したり外出したりする機会が減ってしまうという課題があるという。
一方で、他者との交流は、健康や脳の働き、認知機能を保つうえで重要だ。CEOは、人の自信を支え、人と会ったり一緒に過ごしたりする力を後押しすることで、そうした悪循環を断ち切りたいと話す。
そのため、今後は支援の対象をさらに広げていく考えだ。車の運転や買い物、友人に会うことなど、今よりも幅広い日常生活の場面で使えるようにしたいとしていて、時間をかけながら、よりリスクの高い活動にも対応範囲を広げていく方針だ。
また、多言語でのサポートも視野に入れている。さらにCEOは、高齢化が進む日本市場にも強い関心を示した。
進行遅らせる効果も・・・課題は
アメリカNYの大学病院で認知症診療に従事する山田悠史医師は、クロスセンスについて、胸元などに固定するカメラと比べて、スマートグラスは利用者が実際に見ている視点をより正確に共有できるため、より的確な支援につながる可能性があるとみている。
そのうえで、日常の作業を自分で完結できるようになることで、本人が自信を取り戻し、引きこもりや孤立を防ぐ効果も期待できると指摘した。さらに、会話や行動の支援を通じて認知的な刺激が増えることで、認知症の進行を遅らせることにも役立つ可能性があるという。

一方で、課題もある。AIが誤った情報を示す、いわゆる「ハルシネーション」が起きた場合には、利用者の行動に影響を及ぼすおそれがあり、リスクになりうる。
また、日常生活を支える仕組みであるだけに、プライバシーをどう守るかも重要な論点だと指摘した。さらに各国で導入を広げるには、単なる翻訳ではなく、文化や価値観に配慮した受け答えができるAIでなければ、利用者の信頼は得にくいとの見方も示した。
認知症とともに生きる社会で、本当に必要とされる技術とは何か。ロンドンで選ばれたこの一本のメガネは、その問いに対してひとつの答えを示している。
支援される人を「できない人」として囲い込むのではなく、その人が自分の生活を自分のものとして保ち続けるために、そっと力を貸す。クロスセンスが高く評価された理由は、まさにそこにあるのかもしれない。
(執筆:FNNロンドン支局長 髙島泰明)
