サッカーJ1「ファジアーノ岡山」の新戦力、河野孝汰選手の単独インタビューです。地元の山口では「至宝」と呼ばれた河野選手、ふるさとを離れJ1の舞台に挑む若きストライカーの覚悟を取材しました。

(河野孝汰選手)
「ホームで取れたのもすごく自分の中で良かった、早く1つ目のゴールが欲しかったのでシーズン最初のゴールとか初めに来るゴールはもうどんな形でもいいし、きっかけになるゴール」

河野孝汰。2026年、レノファ山口からファジアーノ岡山に完全移籍。山口で生まれ、山口のアカデミーで育ち、山口でプロとして実績を積んできた22歳のフォワードは生まれ育った地を離れ、初めてJ1の舞台で戦っています。

「慣れたって言っていいのかな?でも生活の部分も含めて(岡山に)だいぶ慣れきた」
「ずっと山口だったんで」
「やっぱり、車通りが多いなっていうのと」
「駅前とかは都会だな、ってイメージですね」

山口での7シーズンで、118試合18ゴール。2026年のJ1百年構想リーグでも、ここまで5試合で1ゴール・1アシスト。順調に見えるその歩みですが、河野は、違う感情を抱いていました。

「自分が思い描いている通りにはなっていないかもしれないが、本当に自分にできることを一歩ずつ、毎日やり続けながらっていうところで、そうですね…焦りを感じているっていうのが正直ありますね」
「世界的に見たら22歳っていうのは若くないトップリーグで、五大リーグで活躍する選手もいる」
「このまま結果を残さなかったらサッカー選手として消えていくなっていう感覚もあるので、危機感を持ちながら、必ずここで結果を残すという気持ちで、(岡山に)入ってきた」
「自分にやはりプレッシャーをかけ続けなければ、この現状に満足してたら、もう本当に終わってしまう選手として終わってしまうって思ってるんで」

レノファ山口のユースで主力として活躍し、高校1年の時プロデビューを果たすと、2020年には、16歳11カ月でプロ初ゴールを決め当時のJ2最年少記録を更新しました。高校2年でプロ契約を勝ち取った河野は、いつしか「山口の至宝」と呼ばれるように。誰もがその将来を期待する中…2021年、練習中に左アキレス腱を断裂。2024年は、キャプテンとして32試合に出場し、自己最多となる8ゴールを挙げましたが…

左膝前十字靭帯断裂。全治8カ月の大ケガです。河野のプロとしての日々は、度重なるケガとの戦いでもありました。

「これ本当に復帰できるのかなっていうか、もう復帰できることすら不安っていう感情だったが、まずその怪我を受け止めることと」
「本当にもうやれることをやるしかないし。一気には良くならないので。日々の小さな積み重ねの部分が大事っていうのも身に染みて感じていたので」
「間違いなくその経験は自分にとってプラスだったしプラスにしていかないといけないとも思っている」

苦難を乗り越えて決断した、岡山でのJ1挑戦。「ファジアーノの河野」として戦う1日1日に、責任と覚悟を見出しています。

「正直なことを言うと。ジュニアからお世話になってきたクラブを離れるっていうことに対して、自分の中では軽いことではないので。お世話になってきたクラブを…何回も言いますけどJ3に降格させてしまって、(チームを)出るっていうのは正直不本意だったしイメージしていたものとは全然違ったんで」
「そこにすごく責任を感じているなかで、どちらかというとポジティブな、「頑張ってこいよ」だったり、「今までレノファのためにありがとう」だったり、色々な方面から色々な形でメッセージをもらった。そういったものって間違いなく当たり前じゃないし」
「成長して、たくさんのゴールを決めることが一番の恩返しというか、皆さんも求めていると思うんで、ここからどんどん活躍していくことが自分の使命というか、やるべきこと」

「山口の至宝」から「岡山の希望」へ。送り出してくれた人たちと迎え入れてくれた人たちのために。22歳のストライカーが描く夢とは。

「日本代表になりたいっていう、世界で活躍するストライカーになりたいっていうのは、自分の中で大きな目標としてて」
「自分のゴールで、自分のひと振りで、自分がピッチに入ったら状況を変えられる」
「岡山のために。勝点3、勝利に値するゴールをどんどん取ることが、自分がやるべきことかなと感じている」

岡山放送
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