暖かな陽が差し込み、波は穏やかに、3月11日が始まった。15年前の今日、福島県内を襲った巨大地震と、沿岸部をのみ込んだ津波。この震災で県内では1614人が犠牲となった。
あの日から15年。この場所の復興を願い続けた人、いまだ見つからない大切な人の手がかりを探し求める人。それぞれが様々な思いを胸に、あの時刻、午後2時46分を迎えた。
■「地獄はこれかなと」―瓦礫の山からの復興
「もうここは、瓦礫の山だもん、全部。本当に地獄はこれかなと思ったもんね」。地元の土木会社に勤める志賀健一さんは、15年前のあの日をそう振り返る。巨大な津波が沿岸部を飲み込み、目の前には想像を絶する光景が広がっていた。
あれから15年の月日が流れた。志賀さんは「やっぱり忘れる事はできないし、ここをなんとか良くなって欲しいなということで、今までずっとやってきたんだけど」と語る。その言葉には、決して風化することのない記憶とともに、故郷の復興をひたすらに願ってきた強い思いが込められている。多くの人々が、志賀さんと同じように、大切な場所を取り戻すために歩み続けてきた。
■いまだ見つからぬ大切な人―続く捜索活動
15年の月日が経過した今も、県内では196人が行方不明のままである。大切な家族や友人の手がかりを求めて、捜索活動が続けられている。
浪江町の沿岸部では、警察による一斉捜索が行われた。警察官らが列をなし砂地を掘り起こしながら、わずかな手がかりでも見つけ出そうと懸命の作業にあたった。穏やかな日差しが降り注ぐ中、静かに、そして真剣に続けられる捜索。それは、今もなお帰りを待つ家族の思いに応えようとする姿そのものであった。
■それぞれの午後2時46分ー各地で祈り
巨大地震が発生した午後2時46分。県内各地では、サイレンの音を合図に、多くの人々が犠牲者を追悼し、黙とうを捧げた。
双葉町では、建物の屋上に集まった人々が、静かに頭を垂れた。相馬市の沿岸部でも、浜辺に集まった大勢の人々が海に向かって一列に並び、手を合わせた。それぞれの胸に去来するのは、失われた命への哀悼の念、そして復興への誓い。人々はそれぞれの場所で、それぞれの思いを抱きながら、15年前の出来事と向き合い、祈りの時間を過ごした。
震災から15年目の3月11日。それは、穏やかな日常の中に、決して消えることのない記憶が蘇る一日だった。復興への道を力強く歩む人々の姿、大切な人を探し続ける粘り強い活動、そして静かに祈りを捧げる多くの人々。それぞれの思いが交錯する中、時間は午後2時46分を刻んだ。あの日を忘れないという誓いとともに、人々はまた未来へと歩みを進めていく。