全国ニュースでもお伝えしていますが、東日本大震災の発生から11日で15年、全国各地で犠牲者を悼み、祈りが捧げられています。
その被災地には阿部キャスターがいます。
*阿部叶キャスター
宮城県石巻市の大川小学校にいます。
私の後ろには、あたたかな光が灯っています。
先ほど午後5時30分から108本の竹灯籠が灯されました。
当時、この学校に通っていた子どもたちと同じ数です。
15年前のあの日、この場所では、高さ8.6メートルもの津波によって74人の児童、そして10人の教職員の命が失われました。
11日もこの場所に遺族やボランティアが訪れ、この光を見つめています。
震災当時の大川小15年前のきょう、大川小の児童たちは揺れが収まるのを待って校庭に避難をしました。
学校の裏には山があり、山への避難を訴える児童もいたといいますが、動き出したのはおよそ50分後でした。
川をさかのぼった津波が児童たちを飲み込みました。
遺族は原因の究明を求め、市と県を相手に裁判を起こし、最高裁判所は、「学校の責任は重い」との判断を示しました。
この場所は震災の教訓を後世に伝え継ぐため5年前に震災遺構として整備されています。
*リポート
「体育館へつなぐ渡り廊下だった場所です。津波の威力でねじれるようにして倒されています。図工室だった場所は天井の手前が茶色くなっています。津波がこの高さまで…」
初めてここへ立ち、遺構を目の当たりにした時、私はあまりの衝撃に目を背けたくなりました。
何も知らない自分が、ここに立っていていいのかと足がすくむ思いでした。
それと同時に、被害を繰り返してはいけない震災の教訓を今後も伝えていかなければならないと強く感じました。